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ブルー・デュール
桜 常 編

48

 次の朝、おれはまどろみながら今の今まで見ていた夢を思い出そうとしていた。
 誰かに追いかけられていた気がする。
 二、三回瞬きをしているうちに脳が覚醒し、枕元で鳴瀬がしゃがんで
おれの顔を覗きこんでいることに気がついた。

「のわあ!」

 おれは飛び起きてかけ布団ごと壁際に逃げた。

「よく寝てたな。いい加減起きないと遅刻するぞ」

 時計を見ると本鈴が鳴る十五分前だった。

「ええっもうこんな時間!? てめえ普通起こすだろ! なにのんきに人の寝顔観察してんだよっ」

 おれは鳴瀬を怒鳴りつけながら慌ててベッドから降りて支度を始めた。
 鳴瀬はすでに制服を着て髪をワックスで整え準備万端で、洗面所で顔を洗うおれを尻目に
先に行ってしまった。
 なんて奴だ。

 おれは怒涛の勢いで制服を着て鞄をひっつかみ、スニーカーを引っかけて部屋を出た。
 寮の廊下にはもう誰もいなかった。
 ダッシュで寮を出て校舎に向かい、本鈴が鳴り終える前に教室に着いた。
 間に合ったが、息をつくひまはなかった。

「戸上いいいっ! てんめえええ許さないぞこの野郎おおお!」
「ぎゃっ」

 いきなりパンチが襲ってきて、反射で避けた。
 奇襲をかけてきたのは鬼の形相の久河だった。
 久河は怒りのあまり泣き出さん勢いでさらに殴りかかってきた。
 寝ぼけていて余裕がなかったおれは、久河の手首をつかむと関節を逆にひねり上げて机にうつ伏せに
引き倒した。
 久河は背中で手首を押さえつけられ頬を机にこすりつけた。
 痛みで眉間にしわを寄せながら、それでもおれを睨むのをやめない。
 手加減を忘れたおれの早技に慶多が口笛を吹いた。

「なんなんだよ突然……こっちは眠いしだるいんだよ。朝っぱらから勘弁してくれ」
「なんだもくそもあるかあ! てめえ絶対許さねえからな!」
「だからなんだよ」

 久河は痛みに涙ぐむばかりで喋ろうとしない。
 おれは静かになった教室を見回した。
 固唾をのんで成り行きをうかがうクラスメートの中で、
久河を助けるかどうか迷っているふたりのクラス委員と目が合った。

「おい、これはなんの真似だよ」

 怯えている様子のふたりは目配せし合い、片方がおずおずと口を開いた。

「会長が、昨日お前の部屋に泊まったんだろ?」
「まじで!?」

 慶多と峻がすっとんきょうな声を揃えた。

「奥さんっこれは大事件だわ!」

 峻は頬に手を当てて慶多の肩を何度も叩いた。
 慶多は目を丸くして叫んだ。

「まじかよりゅう! いつの間にそんな関係に!?」
「違う! いや、違わないけど、おいお前らおれの話を聞け!」

 おれはぎゃあぎゃあ騒ぎだすクラスメートに一喝した。

「鳴瀬……会長は、部屋の排水溝がつまって修理が終わるまでおれの部屋に居候することになったんだよ!
おれの部屋だけ空きがあったから、ただそれだけの理由だ。だから余計な想像膨らませるのはやめろ!」

 しかし興奮してあちこちで喋っているクラスメートは聞いちゃいない。
 昼には憶測だけの噂が飛び交うのが目に見えている。
 上のベッドが使えなかったから一緒のベッドで寝させられたことは、なにがあっても黙っていよう。

 下から苦しげな呻き声が聞こえ、おれは少し久河の拘束を緩めた。
 久河は魚のように口をぱくぱくさせている。
 なかなか言葉が出てこないようだ。

「ね、眠くてだるいって……昨夜はそんなに……」
「だから違うっつってんだろ! もしかしてお前、鳴瀬とそういうことしたいのか?」

 久河はゆでだこのようになった。

「ばっ馬鹿なこと言うな! そそそんな恐れ多いっ」

 思ったより純情な奴らしい。
 おれはなんだか怒る気が失せて、久河から手を離した。
 するとたちまち元気を取り戻して、しょうこりもなくまた殴りかかってきた。
 軽くかわして机を挟んで距離をとる。

 そのとき前のドアが開いて、出席簿を小脇に抱えた友崇が入ってきた。
 普段ならすぐ全員が席につくが、今日ばかりは友崇が入ってきたことすら気づかない奴がほとんどだ。
 友崇はやけに騒がしい教室に戸惑っている。

「おい、ホームルーム始めるぞ。なんだ、なにかあったのか?」

 友崇は剣呑な雰囲気のおれと久河にいち早く気づいたようだ。
 慶多が気を利かせて教卓に行き、友崇に説明を始めた。
 友崇の目の色が次第に暗くなっていく。
 これはよくないサインだ。
 あとでさんざん問い詰められそう。


   ◇




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