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ブルー・デュール
桜 常 編

106

 おれは鳴瀬たちが向かったほうへ全速力で走った。
 右手には鞘に収まったままのナイフを握っている。

 体は常に鍛えていたのに、たった少し走っただけですぐ息が上がってしまった。
 ずっとベッドに縛られていて、体力が落ちてしまったのだろうか。
 それとも、泣きだしそうなのをこらえすぎて、息がうまくできていないせいだろうか。

 遅い夏の日暮れがもうすぐやってこようとしていた。
 うっすらと、東の空が暗くなりつつある。
 左手に茂る林が不気味にざわめいた。
 蝉の声が遠くに聞こえる。

 道がアスファルトから砂利に変わったころ、使われなくなった工場跡が見えてきた。
 ここは十年前と変わっていない。
 唯一所長がおれを外で遊ばせてくれたところが、この誰もいない廃工場だった。
 企業の名前が白く書かれた壁は風雨にさらされ、文字が判読できなくなっている。

 立ち入り禁止のロープは地面に放り出されていた。
 錆だらけの立て看板は道の脇に倒れている。

 木田川は工場の外壁に追いつめられていた。
 鳴瀬と倉掛は距離を置いて木田川の前に立ちふさがり、逃げ道を塞いでいる。

 おれが走って行くと、砂利のこすれる音で三人ともすぐに気がついた。
 鳴瀬は元気なおれの姿を見て目を見開き、穏やかな顔つきになった。

「戸上、元気になったのか」

 鳴瀬は駆け寄ってくるおれを受け止めようと手を伸ばしたが、
おれがナイフの鞘を地面に捨てるのを見るとぎょっとして一歩下がった。

「戸上っ!?」

 おれは鳴瀬に切りかかった。
 本気で突進したが、鳴瀬は軽くかわした。

「りゅう……お前、なにしてんだよ」

 倉掛は後ずさりながら、困惑した声で言った。
 木田川は予想外の出来事に逃げるに逃げられず、壁に背中をつけたまま硬直している。

 鳴瀬はおれと距離をとり、両腕をあげて警戒したがすぐにまた下ろした。

「鳴瀬……おれに集めたピースをくれ」
「なに言ってんだお前、正気か?」
「おれは本気だ!」

 おれはナイフを両手で握った。
 片手だとどうしても震えてしまい、格好がつかない。

「りゅう、落ち着いて。そんなもの似合わないよ」

 倉掛が肩の高さに手をあげながら近づいてきた。

「来るな!」
「りゅう、ナイフを下ろして。なにもしないから」

 いくら威嚇しても倉掛はゆっくりとした足取りでやってくる。
 もう距離を半分縮められた。

「りゅう」
「来るなあっ!」

 おれは左手を握りしめ、ハンドボールを投げるように勢いをつけて前に突き出した。
 倉掛は見えないなにかにぶつかり跳ね飛ばされた。
 遅れて一陣の風が吹きぬける。

「うぐっ……」
「青波!」

 倉掛は地面に激突して腰をしたたかに打ち、痛みに顔を歪めて唸った。
 鳴瀬はおれと倉掛を交互に見ながら言った。

「おい、なにが起きた? 戸上、お前がなにかしたのか?」

 鳴瀬には、おれがなにかを投げつける仕草をしたとたん、倉掛が吹き飛ばされたようにしか見えないだろう。
 おれは左手にはなにも持っていないし、倉掛になにも投げつけていない。

「まさか」

 木田川が顔を青くした。

「お前、完全体をとりこんだのか? それで、すぐに力が使えるのか? そんな馬鹿な……」

 どうやら木田川は施設できちんとフィラピースについて聞かされていたらしい。
 おれの行動が信じられないようで、ありえないと何度も呟いている。

「おい、どういうことだよ」

 鳴瀬は視線だけを木田川に向けた。

「そいつ……完全体を体の中に入れたんだ……」木田川が言った。
「完全体ってなんだよ?」
「ピースを集めてひとつにまとめた完全体だ。回収者がそれを体内にとりこむことで、
フィラダランカ本来の力が発揮できるようになる」

 木田川は化け物でも見るような目でおれを指差した。

「そいつはもう普通の人間じゃねえ」
「は? 馬鹿なこと言ってんなよ」
「てめえもたった今見ただろうが!」

 木田川はヒステリックに叫んだ。



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