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ブルー・デュール
桜 常 編

104

 天と地がひっくり返ったのかと思った。
 無限に続く深い谷底へ真っ逆さまに落ちていく。
 視覚も聴覚も嗅覚も狂ったようにフル回転している。
 叫んでいるのか暴れているのか、それとも身動きひとつできていないのかすらわからない。

 目の前がちかちかする。
 立ち眩みを起こしたとき、似たような気持ち悪さに陥ったときはある。

 だがこれはその百倍もひどい。
 自分の体重が感じられない。
 底のない沼をどこまでも沈んでいっているようだ。
 息ができない。
 苦しい。

 次第にあれを押しつけられたところから、しびれるような痛みが全身に広がっていった。
 初めは静電気にまかれたようだったが、どんどん痛みは強くなった。
 体じゅうの毛穴から無理やり血管が引きずり出されているようで、とにかく痛い。
 痛くて痛くておかしくなる。

 なにかがおれの体を支配しようとしている。
 体じゅうを駆けまわり、おれをのっとろうとしている。
 細胞のひとつひとつが悲鳴を上げている。
 痛い。
 死んだほうがましだ。
 誰か今すぐおれを殺してくれ。

 脳をハンマーでひっきりなしに殴られているようだ。
 入ってこようとするものと、侵入を防ごうとするものが戦っている。
 だが勝敗はあっけなく決し、おれの中になにかが入ってきた。

 世界が真っ白だ。
 強烈な白。
 目が見えなくなるほどの強い光が、おれを照らしている。
 白いものがおれを呼んでいる。
 だけどどこから呼んでいるのかわからない。

 針の海に投げこまれた状態で、数年か数十年か、とほうもない時間が経過していく。
 いつまでも終わらない。
 地獄のような責苦が終わらない。

 眩しい光はじょじょに鳴りをひそめ、灰色に変わり、黒になった。
 真っ暗な空間にいきなりぽんと放り出され、痛みも引いていった。



 おれはリムジンカーのシートに横たわり、全身に汗をかいて全力疾走後のように息を荒げていた。
 目からはとめどなく涙があふれ、口から唾液が一筋流れていった。
 友崇はおれにのしかかって四肢を押さえつけている。
 筋肉の痺れから察するに、おれは全力で大暴れしていたようだ。

「……収まったのか?」

 崇嗣が言った。

「の、ようですね……」

 友崇は額の汗をぬぐい、おれの上から退いた。
 おれは体が小刻みに震えるのを止められなかった。
 なんだったんだ今のは。

「りゅう、大丈夫? 話せるか?」

 心臓の鼓動が収まってくると、周囲を見渡す余裕が出てきた。
 おれはゆっくり上体を起こし、顔の汗を袖で拭いた。

「な、な、なにしたんだよ……死ぬかと思った……」
「よかった。なんともないね?」

 友崇はおれの体をあちこち触って確認している。
 あれほどの激痛が嘘のようだ。
 もうどこも痛くないし、むしろ調子がいい。
 空でも飛べそうだ。

「おい、説明しろよ……」

 震え声で言うと、友崇はおれのシャツのボタンを留めながら頷いた。

「あれはピースを一定数集めるとできるものだよ。このあいだ、
りゅうが教育実習生から見つけたピースが最後のひとつだったんだ。
そして、今まで集めたピースをより集め、完全体にした。思ったよりずいぶん数が必要だったよ」
「初めて聞くぞそんな話……」
「初めて言ったからな。難しい話だし、実際目で見ないとわからないと思ってさ」

 友崇はそう言って笑った。

「完全体をとりこめるのは、ピースの声を聞くことができる者。ピースに選ばれた者のみだ。
その中でも君は特別な存在だよ。薬をたくさん飲んできたから、その分共鳴しやすくなってる」

 嘘だと思いたい。
 結局友崇にとって、おれはただの実験台だったんじゃないか。



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