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ブルー・デュール
桜 常 編

95

 木田川はすぐに戻ってきた。
 今度は片手に湯気の立つ食事を乗せたプレートを持っていた。

 木田川は乱暴にプレートを床に置いた。

「食えよ」

 おれはおいしそうな匂いのする食事を見下ろした。
 底の深い皿に入った和風リゾットだ。
 気を失ってからどれだけ時間が経ったのかわからないが、匂いを嗅ぐとお腹がすいてきた。

 しかし。

「この状態で、どうやって食べるんだよ」

 おれは後ろ手に縛られている。
 犬のようにがっつきでもしないと、皿に口が届かない。

「頼めば食わしてやるよ」
「誰が!」

 おれは思わず怒鳴りつけていた。
 木田川はわざとらしく肩をすくめた。

「あっそ。別にいいけど。じゃあ俺が食うし」

 木田川はプレートを自分のほうへ引き寄せ、床にあぐらをかいてリゾットを食べだした。
 じっと睨みつけているのに、おれのほうを見ようともしない。
 熱そうにしながらも、せっせとスプーンを口に運んでいる。

 それでもおれは奴になにも請う気になれなかった。
 こんな奴の好きにさせてたまるか。
 別にそこまで腹が減っていたわけじゃないし。
 夏は体重が増える傾向にあるから、むしろちょうどいい。

「お前、最初からおれをさらうつもりで転入してきたのか?」

 黙っているのも癪なのでたずねてみた。
 木田川はコップの水を飲みながら軽く頷いた。

「ああ」
「お前はなんでここにいるんだ? いつから……」
「俺もお前と同じ回収者だ。だからここにいる」

 初耳だ。
 施設はピースを回収できる存在を新たに見つけていたのか。

「ピースの場所が特定できるようになったのは、去年の秋のことだ。
それから俺はことあるごとにピースのある場所に連れていかれたが、目的の品を手にとってもなにも起こらないことが多かった」

 木田川は口端についた米粒を舐めとった。

「情報が間違っていたのか、俺の力不足なのかはわからなかった。
ピースを無事に回収できたのはほんの数回しかなかった。あとは無駄骨だった」

 それは、おれたちか鳴瀬たちに先を越されていたせいだ。
 施設はきっちり管理された組織だから、いろいろ手順を踏まなければならず、
見つけてもすぐに向かえなかったのだろう。
 その点おれたちは身軽だから、情報を得たらとりあえず足を運ぶようにしていた。
 簡単に回収できそうなら、そのまますぐ回収していた。

「そのうち、これは誰かが先に回収してるんだって結論に達した。こっから逃げ出した連中が、
どうやってか情報を入手して回収してまわってるんだろうってさ。
それで、情報を入手したらピースのある場所に張りこむことにした。
ピースを得るより、お前を捕まえることのほうが重要だからな」

 木田川はスプーンでおれを差した。

「そしたらお前がのこのこと現れたってわけだ。しかも鳴瀬と倉掛まで現れた。
逃亡してったガキが揃ってピースを回収してたってわかり、所員の連中はびっくりしてたぜ」
「どこで見たんだ? 全然気づかなかった」
「なんつったかなー、しょぼい植物園みたいなところ」

 寂れた植物公園へ回収に行ったのは、一か月ほど前だっただろうか。
 あそこは死角が多かったから、どこかの茂みに隠れられたら気づけるはずもない。

「それで、俺が桜常高校に潜入することになった。お前らがいなくなったあと、
情報が漏れることを恐れて俺の存在はひた隠しにされてたから、ちょうどよかったわけだ」

 ピースの情報は本條兄弟と真岸家にだだもれだったが、確かにこいつのことは誰も知らなかった。

「お前のガードは固かったぜ。真岸グループの連中が常にお前のまわりを張ってたからな。
今まで何度も連れ戻そうとしたが、失敗続きだった」
「そ、そうなのか」
「ふん、本人がこんなお気楽じゃ真岸友崇も苦労しただろうな。
とにかく力づくでお前を連れてくるのは無理だから、隙を見てさらってこいって高校に放りこまれたんだよ。
ったく、この歳で高一になりすませなんて言われると思わなかったぜ。すっげーめんどくさかった。
今さら高校なんて行きたくもなかったのによ」

 おれは眉間にしわを寄せた木田川の顔をまじまじと見つめた。
 あのぼさぼさ髪と眼鏡ではわからなかったが、素顔は高校生にしては大人びて見える。

「あんた、いくつなんだ?」
「何歳に見える?」
「えー……」
「今年で二十歳だよ」

 四歳もサバよんでいたのか。

 からんと音を立てて、木田川は空になった深皿にスプーンを放り投げた。

「あーうまかった。じゃー俺戻るわ」
「お、おい! おれは? おれずっとこのままなのか!?」

 木田川は皿の乗ったプレートを持ってドアノブに手を置き、にやりと笑った。

「ちゃんとお願いできたら、出してやるよ」
「出してくれ!」
「却下」

 木田川は力をこめてドアを閉めた。
 狭い部屋の中にドアを閉める音が響き、それは彼の無情さをそのまま表しているようだった。


   ◇



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