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ブルー・デュール
桜 常 編

90

 脇から体温計を取り出して保健教諭に渡す。
 保健教諭の冨浦は綺麗に染めた髪をかきあげ、眉根を寄せた。

「七度五分か。引き始めならまだ上がるかもしれないね。次は大掃除だっけ?」
「はい」
「じゃあ休んでも問題ないね。ここで一眠りしていくか?」
「そうします」

 熱があるとわかると急に具合が悪くなってきた気がする。
 おれは上履きを脱ぎ、ネクタイを取って白いベッドに寝転がった。

 この硬いベッドで寝るのは、球技大会のとき以来だ。
 あのときは寝ているうちに鳴瀬に脱がされ悪戯され、当然のように食われたんだっけ。

 ――ここにはひとりで来るなよ

 ふと、そのとき告げられた忠告を思い出した。
 ゴムの袋を口で破る鳴瀬。
 どうしてそんなことを言われたのだろう。

 冨浦がスリッパを引きずって近づいてきて、クリーム色のカーテンを引いて完全にベッドを隔離した。
 保健教諭はまだ若い。
 友崇と同世代か少し下くらいだろう。
 少年のような目をしていて、風邪をひいた生徒を安心させるのに最適の優しい表情をしている。

 だが、なぜだろう。
 その笑顔は信用ならない。

 ――冨浦は生徒を食う奴だからな

 思い出した。
 鳴瀬はそう言った。

「戸上くん、だったね」

 冨浦の手が伸びる。
 おれは後ろに手をついて上半身を起こし、できうる限り冨浦から離れた。
 端に寄りすぎてベッド脇のワゴンに背中が当たった。

「うわあ! 食わないでくれえっ!」

 顔の前で両手を交差させて叫んだ。
 なりふり構っている場合ではない。
 大事なのは体裁ではなく貞操だ。

 腕の隙間から覗いた冨浦はぽかんとしていた。

「……あれ?」

 なんの反応もないので、おれは腕を下ろした。
 冨浦は目をしばたたかせ、苦笑をもらした。

「これ、いるかなと思って持ってきたんだけど?」

 冨浦が両手でつまんでいるのは、風邪のときに額に貼る冷たいアレだった。
 熱のせいではなく、顔が熱くなった。

 おれはすごすごと元の位置に戻り、再び横になった。

「す、すみません、なんでもないです……」

 勘違いして先走ってしまった。
 なんて恥ずかしい。
 腐っても保健教諭だ、さすがに病人には手を出さないか。

 おれは大人しく額に熱さましを貼ってもらった。
 ゲル状の薬剤が氷のように冷たくて気持ちがいい。

 恥ずかしさといたたまれなさも相まって、おれはあっという間に眠りについた。


   ◇



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