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ブルー・デュール
桜 常 編

88

 あとで湊から聞いた話によると、鳴瀬と友崇はふたりで美術準備室に押しかけ、
友崇が即席の用事を作って鷹屋を連れ出しているあいだに鳴瀬が回収したらしい。
 水と油だと思っていたが、意外と息が合っている。

 鳴瀬と倉掛が回収したピースはすべて双子が管理している。
 今回もそうなるだろうと思っていた。

 しかし、翌日の放課後、誰もいない生徒会室に呼び出されたおれは、
 鳴瀬からガラスのような球体を手渡された。
 条件反射で受け取ったが、得心がいかない。

 ピースを手の平で転がしながらじっくり眺めた。
 どこからどう見ても本物だ。

「なんでくれんの? あんたが回収したのに」
「でも見つけたのはお前だ。お前が持つべきだろ」

 鳴瀬はがしがしと頭をかいた。

「勘違いすんなよ。真岸の言うことを聞いたわけじゃねえぞ。俺がそうしたかったからだ。
新と湊も説得したから心配するな」

 こんな神妙な鳴瀬は見たことがない。
 おれがピース寄こせと言ったら、ふざけるな俺が回収したんだぞ欲しけりゃ力づくで取ってみろと、
高圧的な態度をとるのが鳴瀬だ。
 そしておれが反抗しようものなら、これ幸いと押し倒して犯すような奴だ。
 おれは奴より優位に立てた試しがない。

 鳴瀬の気が変わらないうちに、ピースをタオルにくるんで鞄にしまった。

「まあ、ありがたく受け取っておくよ」

 礼を言おうとしたが、口から滑り出てきたのはそんな台詞だった。
 だが鳴瀬は機嫌を損ねた様子もなく、博愛主義者のように柔らかくほほ笑んでいる。
 やっぱり、いつもの鳴瀬じゃない。
 信者たちなら目をまわしてぶっ倒れるところだろう。

「ていうかさ、どうせおれに渡すなら、友崇に渡しとけばよかっただろ。わざわざ呼びつけなくても……」
「真岸にじゃなく、お前に渡したかったから」
「同じことだろ」
「全然違う。俺はよくわからん奴に自分のものを手渡すことはしない。きちんと相手を見定める」

 それは、ほめてくれているのだろうか。

「そうでなければ絶対に手放さない。俺は、自分のものを誰かにかすめ取られることが一番嫌いだ」
「ふうん」

 ということは、今までさんざんピースを横取りしてきたおれは、さぞかし目障りな存在だろう。

「戸上……」

 低く掠れた小さな呼び声に、おれは動けなくなった。
 ほかの誰にも聞かせまいとするようなその声には、隠しようがないほど強い感情がこめられている。
 その強さに圧され、おれは鼻白むばかりでなにもできなくなった。

 鳴瀬はゆっくり手を伸ばし、おれの首に添えた。
 温かい手の平はうなじをなで、耳を挟んで頬を包みこむ。
 上を向かされ、おれより十センチ以上も背の高い鳴瀬と目が合った。

 鳴瀬が軽く口を開き、魂が吸い取られそうな予感がした。

「おれ……」

 鳴瀬の胸に手を突っ張り、一歩下がった。

「かっ、帰るわ! じゃあな!」

 おれはもつれる足で廊下に逃げた。
 なるべく人けのない道を選び、競歩ばりに玄関に急いだ。

 心臓の鼓動が痛い。
 きっとおれは、今、人には見せられないような顔をしている。


   ◇



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