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ブルー・デュール
桜 常 編

87

「遅い」

 生徒会室に入ると、いきなり会長席からお叱りの声が飛んできた。
 おれは鳴瀬を睨みつけただけで、返事はしなかった。
 もうこいつに遠慮することなんてなにもない。

 席に座ろうとして、イレギュラーがいることに気がついた。

「友崇、なんでいんの」

 そわそわしている湊の隣に、椅子の背に両腕をひっかけて座る友崇の姿があった。
 伊達眼鏡は外され、リラックスした表情だ。
 友崇は軽いノリでおれに手を振った。

「よう、お疲れ。ちょっと疲れたからさー、休憩しに来た」

 ホームルーム時の姿とは雲泥の差だ。
 いくら正体がばれたといっても、素を出し過ぎなのでは。

「あーでもここじゃ煙草吸えねえなー。一応生徒の前だしな」

 先生、ここで生徒会長がしょっちゅう煙草吸っています。

「戸上、今までなにしてたんだ」

 いやにつっかかる声で、鳴瀬が言った。
 告げ口するなと言いたいのか。
 ソファに寝転がった倉掛がおかしそうにしている。

「なにしてたって……」

 ここで回収したピースを取り出し驚かせようという作戦だったのに。
 うっかり目の前にして逃げ出してしまった。
 でも、もうひとりであそこに行きたくない。

「ピースみつけたけど、回収しそこねた」
「えっ?」

 そこにいた五人の声が綺麗に揃った。
 全員が唖然としている。
 友崇の驚いた顔なんて久しぶりに拝んだ。
 新と湊は寸分たがわず同じ表情だ。

「どこで?」友崇が言った。
「美術室。教育実習生の鷹屋が持ちこんだものに混ざってた」
「驚いた、よく見つけたな。まだ施設の奴らも目星つけてないのに」
「いつも歩いてる廊下で突然声が聞こえたんだ。おれが一番びっくりしたよ」
「それで?」
「今しがた誰もいないみたいだから忍びこんで探したら、ピースはあいつの持ちこんだこれくらいの独楽に入ってた」

 おれは机に鞄を置き、右手の人差し指と親指であの独楽をつまむ仕草をした。

「でも触ろうとしたら鷹屋が帰って来ちゃってさ。あれ大事なものらしくて触らせてもらえなかったんだ。デッサンモデルになってくれたら好きなものあげるよって言われたんだけど……」
「なんだそりゃ」

 友崇は胡散臭そうに眉をひそめた。

「おれの鍛えられた体に魅力でも感じたんじゃないの」
「まさか了承してないだろうな?」
「してない。なんかべたべたしてきたから逃げてきた。勝手に触られると気分悪いしな」

 倉掛を見ながら最後の言葉をつけ足した。

 鳴瀬が音を立てて椅子を引き、唐突に立ちあがった。
 なんだか怒っているようだ。

「戸上、なんで見つけた時点で俺に言わねえんだよ。お前はもうひとりで行動するな」
「今回は様子見だよ! 改めてまた回収しに行くから」
「いい。俺が行ってくる。お前じゃ危なっかしくて見てられない」

 生徒会室を出て行こうとした鳴瀬を、今度は友崇が立ち上がって呼びとめた。

「お前がりゅうに命令するな。俺が行ってくるから全員ここで大人しく待っていろ」
「先生のお手をわずらせるわけにはいきませんよ。ご心配なく、すぐ戻ってきます」
「俺は教師でお前は生徒だぞ。言うことを聞け」
「今はそんな場合じゃないでしょう。これは学校なんてちっさい枠組みを越えた問題ですよ」

 いつの間にかふたりは鼻を突き合わせて睨みあっている。
 両者一歩も譲らない。

 事態を打開しようとしてか、新が授業中に発言するように手をあげた。

「真岸先生、凌士は回収できるんですから、彼に行かせたほうが良いのではないですか」

 友崇は鼻で笑った。

「生徒がのこのこ行ったところで追い返されるに決まってる。俺が適当な理由作ってその独楽を持ってきてやるよ。だいたい最初に見つけたのはりゅうだ。パートナーである俺が行くのが筋だ」

 友崇は「パートナー」を強調して言った。
 新は不服そうだったがしぶしぶ手を下ろした。

 鳴瀬たちと一緒にやっていくことになったはずだが、完全に打ち解けるのは無理だったようだ。
 おれも含めて皆、ピースを我がものにすることしか考えていない。

 結局ふたりの言い合いは収束せず、先を争うようにしてどちらも生徒会室を出ていった。
 慌ただしい足音が遠くなっていく。

 終始身じろぎすらしなかった倉掛は、頭の後ろで腕を組んで笑った。

「りゅうってほんと罪な男だよねー」

 意味がわからない。


   ◇



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