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ブルー・デュール
桜 常 編

84

 週が明けて月曜の放課後、おれは生徒会室にいた。
 夏休みに入る前に決めておかなければならない案件がたくさんあるらしく、また駆り出されたのだ。

 たとえば文化祭について。
 準備は文化祭実行委員が主だって動くが、生徒の組織を総括する生徒会の承認が降りないと
なにも始められない。
 さすがの倉掛も席について書類に目を通している。
 湊など、会計士のように手元を見ずに電卓を叩いていた。

 おれはあくまで生徒会補佐だ。
 雑用を言いつけられればこなすが、資金運用など重要なものは任されない。
 だから列席することはしているが、おれはひとりだけ期末試験対策をしていた。

 おれにとって目下の重要案件はこれだ。
 頭のよろしい生徒会の皆様と違ってできの悪いおれは、また赤点を取ると
夏休みの補習を受けさせられることになる。

「なんだよ」

 真面目な表情の鳴瀬が珍しくてぼんやり眺めていると、視線に気がついたようでこちらを向いた。
 おれは慌てて開いた数学問題集に目を落とした。
 だがペンは進まない。

「……わからないのか?」
「考えてるんだよ」

 こんな問題、生きていくのに絶対必要ない。
 この式を解くことで日常生活のどこに役に立つんだ。

「教えてやるから、持ってこいよ」

 鳴瀬はパソコンを閉じて手招きした。
 おれは問題集とシャーペンを持って立ち上がり、鳴瀬のデスクに広げてみせた。

「ここ。わかんない」
「これか?」

 鳴瀬がシャーペンを受け取ったとき、ノックと共にドアが開いて友崇が入ってきた。

「あれ、どうしたの」

 ドアが閉まるのを見計らってたずねると、友崇は指で眼鏡を押し上げて言った。

「お前に用がある。何度も電話したのに、なんで出ないんだよ」
「あ、ごめん」

 鳴瀬たちがぴりぴりしているので、マナーモードにしていたのだ。

 友崇のところへ行こうとしたが、腰に腕がまわされて引き寄せられ、
椅子に座った鳴瀬の膝に尻もちをついた。
 鳴瀬は後ろからおれの腹にしっかり両腕をまわして抱きこみ、行かせようとしない。

「用事があるならここでどうぞ。今忙しいんで」
「おい」

 首をねじって振り向くと、鳴瀬は目を眇めて友崇を睨んでいた。

「別に今さら秘密でもなんでもないんですから」

 その不遜な言い草に、友崇も負けじと鳴瀬を睨みつけている。
 一触即発の空気に、電卓を叩く音が止まった。
 新も湊も倉掛も、作業を中断して成り行きを見守っている。
 居心地が悪過ぎて吐き気がしてきた。

「俺はりゅうに用がある。お前じゃない」
「どうせピースのことでしょう。俺のことは構わずにどうぞ。なにかお役に立てることが
あるかもしれませんし」
「さんざん邪魔してきた奴の台詞じゃないな」

 このふたりは話せば話すほどわかり合えなくなっていく気がする。
 おれは鳴瀬の腹に肘鉄を食らわせて腕の中から脱出し、友崇のそばへ駆け寄った。

「な、なあ友崇」
「なんだよ」
「こいつらさ、おれたちと同じ境遇にいるんだよ。鳴瀬と倉掛は施設から逃げ出して、
本條家に身を寄せてるんだって、昨日言ったろ?」
「だから?」
「だからさ……一緒にやってけないかな」

 友崇はあからさまに嫌そうな顔をして腕を組んだ。
 なに馬鹿なことを言っているんだと、厳しい眼差しが言外に語っている。
 だがおれはあきらめなかった。
 友崇のシャツの裾をつかみ、眼鏡ごしの瞳を見つめて遠慮がちにほほ笑む。
 昔よくやったおねだりの必勝法だ。

「ね、お願い」

 友崇はちょっぴり眉尻を下げ、辛辣な表情を緩めた。
 なんだかんだ言っても、友崇はおれの頼みごとならだいたい聞いてくれる。
 ひときわ大きなため息をついたあと、友崇はおれの肩を叩いた。

「……お前がそう言うなら」

 よし。

「だが仲間になるわけじゃないからな。互いの利潤を考慮して一時的に手を組むだけだ」
「それでもいいよ。ありがとう友崇」

 やっぱり友崇は優しくていい奴だ。
 友崇はふんと笑うと去っていった。
 新と湊は閉められたドアをじっと見つめている。
 倉掛は慣れない仕事に疲れたのか派手にあくびをした。

 鳴瀬のデスクに戻ると、鳴瀬は頬杖をついておれの手を取った。

「なあ、戸上。今のお願いってのもう一回やってみろよ」
「は? やらねえよ」

 手を振り払うと、倉掛が不満そうな声をあげた。

「えーかわいかったのにー。俺も見たいなー」
「あんたは仕事してろ」
「あーあ、すっかりお口が悪くなっちまって」

 おれは問題集を持って自分の席に戻った。
 こいつらの相手をしていると精神的に疲れる。
 早く部屋に戻ってひとりで勉強したほうがよさそうだ。


   ◇



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