桜 常 編 78 これは鬼ごっこというよりかくれんぼだ。 おれは茂みに隠れて様子をうかがった。 私服姿の生徒たちが、きょろきょろしながら走りまわっている。 これまで確認しただけでも二十人はいる。 裏庭と寮は敷地の対角線上にあるので、これだけの人数を突破するのは至難の業だ。 まさかひとりずつ闇に葬って逃亡するわけにもいかないし、ほふく前進くらいしか手段がない。 おかげでジーパンが土と草まみれになってしまった。 おれは林に沿うように、大周りして寮に向かうことにした。 道という道に追っ手がいるだろうから、第二グラウンドを迂回していけば比較的安全なはずだ。 ここは実習棟の端で、音楽室が見えるから、渡り廊下を渡って突っ切ればなんとか行けるかもしれない。 おれは隠れていた木から頭だけ覗かせた。 ひとりの生徒が真剣な表情ですぐそばを走って行った。 誰もいなくなった隙を見計らい、おれは林を飛び出して第二グラウンドへ向かった。 ピース回収で培った忍び足がこんなところで役に立つとは。 芸は身を助く。 第二グラウンドではラグビー部が練習していた。 ユニフォームを着たがっちりタイプの部員たちが、楕円形のボールを投げながら走っている。 暑い中ご苦労さまです。 練習に打ちこんでいるようなので、おれは邪魔しないようグラウンドの端を走った。 すると野太い叫び声が聞こえ、ラグビー部員がこちらに突進してきた。 「練習してたんじゃねえのかよ!」 律儀にボールを投げ合いながら、暑苦しさをまき散らして全員が走ってくる。 その熱意と勢いに恐怖すら覚え、おれは慌てて逃げ出した。 「ははは馬鹿めえ! 俺たちは賭けに参加していないとたかをくくったかあ!」 「逃がすかあ!」 あんな連中にタックルされたらひとたまりもない。 おれは人目もはばからず、脱兎のごとく走った。 たちまちほかの連中にも見つかり、笑えない状況になってきた。 逃げているうちに思い描いていた逃走経路を外れてしまった。 「まあてえええ戸上いいいい」 おれは角を曲がった隙に茂みの裏に飛びこみ、前転して衝撃を殺し動きを止めた。 遅れてやってきた連中は、おれを見失いばらけ始める。 このあいだになんとか打開策を考えなくては。 ここから寮までは走れば五分もかからない。 だが、誰にも見つからずには行けないだろう。 ふと尻に当たる四角く硬いものに気がついた。 携帯電話だ。 おれは藁にもすがる思いで携帯電話を開き、リダイヤルで電話をかけた。 頼む、出てくれ。 「――なんだ?」 祈りが通じた。 「鳴瀬! 助けてくれっ」 「はあ?」 鳴瀬は寝起きなのかだるそうな声だ。 「あの馬鹿副会長に賭け鬼ごっこの獲物にされてるんだよ! 捕まったら倉掛に…… なあ、なんとかしてくれ。あんたしか頼めないんだ」 「今どこにいる」 「えーと……どこだここ」 ちらりと上を見ると、誰かと目が合った。 半そでパーカーを着てきょとんとしている彼は、茂みの影にしゃがみこんでいるおれを 真上から覗きこんでいる。 まずい、もっと声をひそめて喋るんだった。 *<|># [戻る] |