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ブルー・デュール
桜 常 編

77

 週末。
 土曜日。
 おれは慶多に呼び出され、学校の裏庭に向かっていた。
 裏庭は校舎を挟んだ寮の裏側にあり、ちょっとしたランニングコースになるくらい距離がある。
 昼ごろに起きたおれは、部屋着のTシャツにジーパンをはいてのんびり歩いていた。

 なんの用事なのかたずねると慶多は口を濁した。
 もしや告白!? と真っ先に考えてしまうあたり、おれもだいぶこの学校に毒されてきている。
 慶多がおれに告白することはあり得ないが、人のいい慶多のことだから、
誰かにおれを呼び出してほしいと言われて断り切れなかった、なんてことは十分ありうる。
 おれに恋愛対象としての価値があるとは思えないが、実際同級生の藤内尚人と生馬裕仁に告白されている。

 おれはその道に疎いから対応に困る。
 いっそ心に決めた人がいるんだと公言すればいいのだろうか。
 いや、そうするとまたクラス委員の信仰心を逆なですることになる。
 久河あたりがやはり会長とそういう関係なのかと泣いて訴えてきそうだ。
 恋愛関係にはないが、やましいことがないわけではないので否定もしづらい。
 元来嘘をつくのが下手なのだ、おれは。

 裏庭についたが、慶多の姿はなかった。
 施錠された校舎の中に人影はないし、忘れられたようにぽつりとあるベンチにもいない。
 ぎらつく日差しから逃れるために、学校を取り囲む木立の影で涼んでいるのだろうか。

 しかし、いくら呼んでも返事はなかった。
 桜常が広い森に囲まれているとはいえ、フェンスの内側にしか行けないのだから
気づかないはずもないのだが。

 園芸部が管理している菜園の周りをまわっていると、ポケットが震えた。
 携帯電話が着信している。
 だが慶多からではなかった。

「はい」

 さも迷惑そうに出たが、電話の向こうの声は楽しげだった。

「や、りゅう。裏庭についた?」

 倉掛だった。

「なんであんたが知ってるんだ」
「主催者は俺だから。裏庭にいるんだね? じゃあゲームスタートだ」
「なんのことだよ? お前よく平気で電話なんかかけてこれるな」

 あれきり倉掛には会っていないし、生徒会室にも行っていない。
 鳴瀬に殴られて少しは反省しているかと思ったのだが。

「主催者ってなんだよ」
「これからりゅうには鬼ごっこしてもらうよ。鬼はたくさんいるから気をつけてー。
誰にも捕まらずに寮までたどりつけたら君の勝ちだ。でも捕まったら」

 倉掛はもったいぶって長々と息を吸った。

「俺のものになってもらう」
「ふざけんな!」
「ゲーム開始は俺の合図だ。じゃ、がんばってー」

 いつも倉掛は言いたいことだけ言って電話を切る。
 今回もそうだった。
 おれに拒否権はないらしい。

 慶多は体育委員だ。
 体育委員は生徒会副会長の言うことを聞かなければならない。
 慶多は倉掛とおれのあいだにあったことを知らないから、おれを呼び出す役を買って出たのだろう。
 おもしろいと思ったのかもしれない。

 おれは携帯電話をジーパンのポケットに突っこみ、耳をすませた。
 誰の声も聞こえないし、足音もしない。
 だがなんとなく気配でわかった。
 スタート地点から鬼ごっこの参加者たちが一斉におれを探し始めた。


   ◇



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