桜 常 編 75 そのままの格好でぼんやりしていると、突然生徒会室のドアが開かれた。 びっくりして顔を上げると、鳴瀬がドアに手をかけて立っていた。 「や、凌士。遅かったな」 倉掛は机に軽く腰かけて朗らかに手を上げた。 鳴瀬は倉掛を一瞥し、おれを見つけると目を見開いて硬直した。 いつも余裕綽々な鳴瀬がこんな表情をするなんて。 今の自分の姿を思い出し、もう少し格好がつくようにしようと起き上がった。 だが手が背中で拘束されているのでバランスを崩し、ソファから転げ落ちた。 「いでっ」 さらに情けないことになってしまった。 鳴瀬は後ろ手にドアを閉めると、大股に倉掛に歩み寄った。 その形相はすさまじい。 鳴瀬は倉掛の胸倉をつかんで引き寄せ、頬にこぶしをお見舞いして突き飛ばした。 防御しなかった倉掛は机にぶつかってずるずると床に座りこんだ。 口の中を切ったらしく、血混じりの唾を吐きだした。 鳴瀬は倉掛の前に仁王立ちになり、泣く子も黙るような目で見下ろしている。 「なにやってんだてめえ!」 鳴瀬は大音声で怒鳴った。 「お前っ、ふざけるのも大概にしろよ! なんで……なんでこんなことっ」 感情が先走り言葉にならないようだ。 倉掛は危なっかしく立ち上がり、怯むことなく鳴瀬と顔を突き合わせた。 「あんたのせいだからな」 「なんだと?」 怪訝そうな顔をした鳴瀬を倉掛は鼻で笑った。 「俺に黙ってりゅうを一人占めしてただろ。だから俺も黙って好きにしたんだよ」 「意味わかんねえよ! わざわざ呼び出してこんなもの見せて、なにがしたいんだ!」 「さーね」 倉掛は肩をすくめると、鳴瀬の脇をすり抜けて出入り口に向かった。 「待てよ!」 鳴瀬は引きとめようと手を伸ばしたが、倉掛はするりとかわして出て行ってしまった。 ドアを閉める乾いた音がいやに響いた。 鳴瀬はそれ以上追おうとはせず、ドアを睨みつけてからこちらにやってきた。 ソファの下に転がっているおれを起こし、手首に巻かれたネクタイをほどく。 両手が自由になると、おれは鳴瀬に抱きついて広い胸に頭をこすりつけた。 鳴瀬の匂いと体温に包まれると涙が出てきて止まらなくなった。 「ふっ……、ひっ、う……」 「戸上……」 鳴瀬はガラス細工にでも触れるようにおれの背中に手をまわした。 始めは恐る恐る反応をうかがうように、次第に力強く抱きしめられた。 「戸上……大丈夫だから」 優しく諭すような声が体の奥に沁みこんでいく。 おれは何度も頷いたが、涙はとめどなくあふれて鳴瀬のシャツを濡らしていった。 わかっているのに、体の震えが収まらない。 「俺がついてるから、泣くな……」 「ひ、っく、う……っ」 親鳥の温かな羽毛に包まれているような、そんな気分だった。 ◇ *<|># [戻る] |