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ブルー・デュール
桜 常 編

73

 帰りのホームルームが終わり、鞄を持って席を立つと、携帯電話が震えた。
 倉掛から着信だ。
 以前もこんなことがあった気がする。
 とてつもなく無視したい。

「……はい」

 しかし無視したところで結果は変わらない。
 おれはしぶしぶ電話に出た。

「もしもしー? 今教室?」
「いや、寮に向かってます」
「じゃちょっと引き返して来て。生徒会室まで。待ってるからねー」
「ちょっと! 今度はなん――」

 言い返す前に通話は切れた。
 なんて横暴な奴だ。
 自分がさぼっているつけをおれに払わせているだけなのに、なんで偉そうなんだか。

 生徒会室は鬼門でしかない。
 でも行かないわけにもいかないので、おれは鞄を持った手を力なくぶら下げて教室を出た。
 部活に向かう慶多と峻が笑顔で手を振った。
 人の気も知らないで。

 期末試験も夏本番も迫ってきた今日このごろ、生徒はブレザーを脱いでシャツとネクタイだけで
登校している。
 ズボンも夏使用の薄い生地のものに変わった。
 装いは軽くなったはずなのに、おれの肩には重いなにかがのしかかっていた。

 生徒会室に入ると、倉掛が生徒会長用のデスクに足を組んで座っていた。
 鳴瀬と本條兄弟の姿はない。

「あれ? ほかの人は?」
「そのうち来るんじゃないの」

 倉掛は勢いをつけて椅子から立ち上がった。
 ひとまずおれは机に鞄を置いた。
 生徒会メンバーでもないのに使いなれた机があるのも変な話だ。

「今日はなんの集まりなんですか? おれは生徒会じゃないんですけど、知ってました?」
「知ってる知ってる。でも君と俺の仲だろ」

 倉掛は後ろからおれの両肩に手を置き、耳元で低く囁いた。
 肩をまわして手を払うと、倉掛がネクタイを引き抜く衣擦れの音がした。

「なんだかんだ言っても、ちゃんと来るりゅうがかわいくてしょうがねーよ」

 そう言うが早いか、倉掛はおれの右手首をつかんでなにかを巻きつけた。
 おそらく倉掛のネクタイだ。
 肩甲骨の中心を強く押されて机に顔から倒れこんだ。
 つこうとした左手も倉掛に取られ、右手とひとまとめに背中できつく縛り上げられてしまった。

「なにしやがるてめえ!」

 硬く結ばれたネクタイはいくら引っぱってもびくともしない。
 倉掛はおれの襟首をつかみソファまで引きずっていった。
 ふかふかのソファに投げ出され、肘を使ってなんとか仰向けになると倉掛が膝を折って乗り上げてきた。
 仮面をつけているように無表情だ。

 倉掛はおれのしていたネクタイも引き抜き、シャツの合わせを一気に開いた。
 ボタンがはじけ飛び、いくつか床に転がった。
 倉掛はおれの胸元を眺めまわし、狂気に支配されたような甲高い笑い声をあげた。

「やっぱりあいつは気づいてたんだ! 俺に黙って一人占めしやがって!」

 シャツで隠れている肌には、いたる場所に鳴瀬の跡がついている。
 球技大会のあと、授業中に呼び出されて食われたときにつけられたものだ。
 まだはっきりと赤く残っている。

「これ凌士がつけたんだろ? はは、独占欲の塊だなあいつも」

 倉掛は冷たい指先でキスマークをたどるように胸をなでた。

「りゅうの秘密を盾に好き勝手してたんだろ? 凌士のやりそうなことだ」
「知ってたのかよ……?」
「今の言葉で確信した」

 おれの馬鹿。

「ほんっとずるい奴。俺がりゅうを気に入ってんの知ってるくせにさ」

 倉掛はズボンの尻ポケットからバタフライナイフを取り出し、片手で開刃した。
 その慣れた手つきから目を離せなかった。
 ナイフは細くて鋭く、よく手入れがほどこされている。

「な、なにする気だよっ」
「なーんか同じ回収者としてのけ者にされた気分。勝手に君を所有物にするなんて俺に喧嘩売ってるよな」

 倉掛はナイフをおれの胸元に滑らせた。
 冷たい金属がじかに肌に触れ、冷や汗が吹き出した。
 身をよじると体の下敷きになった手首が背骨に当たって痛い。

「これ上書きしてあげようか。もっと深く、絶対忘れられないように」

 これ、とは鳴瀬の印のことだろう。
 そのままナイフを立てられたら、人間の軟い皮膚なんて簡単に傷ついてしまう。
 刃が怖くて体を少しも動かせず、呼吸すらままならない。

「やめてくれ! 頼むからっ」

 おれは必死に懇願した。
 情けなく声が震えてしまった。

「なんで? 凌士はよくて俺はだめなの? それってひどくない?」

 さも自分が正しいかのように言う。
 体中の神経がナイフの触れている場所に集中している。
 おれは何度も首を振った。

 たっぷりじらしたあと、倉掛はナイフを畳み、物でも扱うようにおれをうつ伏せにひっくり返した。
 顔をソファに押しつけられ、窒息しそうになった。
 横を向いて息をすると、倉掛がおれの耳の裏に唇をつけて低い声を注ぎこんだ。

「ねえ、りゅうはどんな声で啼くの? 欲しいってかわいくねだったりするわけ?」

 ズボンの上から臀部を割れ目に沿ってなでられた。
 心臓がひときわうるさく鳴りだす。

「やっ、やめろっ!」
「俺にもりゅうの恥ずかしいところ見せてくれよ。なにもかも隠さずにさ」

 腹に手をまわして腰を持ち上げられ、ベルトを抜かれた。
 後ろ手に縛られているのでなんの抵抗もできない。
 倉掛が冷たく笑う声が背中に降ってくる。
 おれの怯える様を見て楽しんでいる。

「怖い? 嫌なら泣いてもいいんだよ。りゅうの泣き顔見たいしね」


   ◇



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