[携帯モード] [URL送信]

ブルー・デュール
桜 常 編

72

 掃除当番がまわってきた。
 担当場所はおれたちの教室だ。
 放課後、クラスメートが帰ったあとに、教室を箒で掃いてモップをかけて
黒板を綺麗にしなければならない。

 メンバーはおれと慶多と、転校生の木田川皇明だった。
 慶多は部活があるからと先に行こうとしたが、あいつとふたりきりなんて息がつまりそうなので
無理やり引きとめた。

 木田川は何日経ってもクラスになじまなかった。
 自分から誰かに話しかけようともしないし、拒絶のオーラを振りまいているので誰も話しかけない。
 木田川の周りだけ異質な空気が漂い、彼をクラスの輪から遠ざけていた。
 だが木田川はそれを辛く思ってはいないようだ。
 むしろひとりを好んでいるように見える。
 元来の一匹狼気質なのか。

 転入試験は入学試験より難しいので、頭はいいのだろう。
 しかし誰ともつるまないので、素性も性格もわからない。
 そんな奴とふたりで掃除だなんてまっぴらだった。

 クラスメートがいなくなって教室が空になると、おれと慶多はぶつくさ言いながら机を前にかたし始めた。
 木田川は無言のまま机を運んでいる。
 全部の机を前に移動し終えると、広くなった教室を箒でばさばさと掃き始めた。
 お菓子のごみやら紙屑やら消しゴムのかすやらが散乱している。
 男ばかりなのですぐ汚くなる。

「あー? なんだこれ、こんなのまで落ちてるぞ?」

 慶多が壁際の隅にかがみ、なにか拾いあげた。
 ソフトテニスで使う白いボールだ。

「部活のやつを誰か落としたのかな」

 慶多はボールを手の中で持て余している。
 おれはふと思いついて箒をバットのように構えた。

「おい慶多、こっちー」
「あ? よーし、四番仰木慶多行きまーす」

 慶多は箒を放り投げて左膝を上げ、ボールを高く振りかぶった。
 そして少しオーバーアクション気味に投げた。
 おれはタイミングを計って箒を振った。

 野球のボールと違って柔らかく、思い描いていたほうへは飛ばなかった。
 ボールは黙々と掃除をする木田川のほうへまっすぐ飛んで行った。
 あっと思ったときはもう遅い。

 当たると身構えたとき、木田川は顔のすぐ手前でボールをキャッチした。
 ゴムが手の平に当たる鈍い音が小さく響いた。
 なんて反射神経だ。
 おれと慶多はあっけに取られてしまった。

「……危ねえな」
「ご、ごめん」

 木田川がボールを差し出したので、おれは慌てて駆け寄り受け取った。
 分厚い眼鏡のレンズの奥から、なんの感情もこもっていない目がおれを見下ろしている。
 怒りもせず、おれたちのしたことに興味もなさそうだ。

 それからは反省して静かに掃除をした。
 箒で集めたごみをちりとりで集めて捨て、モップをかける。
 綺麗になったら机を後ろに寄せて同じ手順を踏む。
 集中してやったので早く終わらせることができた。
 慶多がモップ用バケツの水を捨てに行き、そのあいだにおれと木田川は机を元の位置に戻していった。

「お前さ」

 思いがけず木田川に話しかけられ、危うく運んでいた机を足の上に落とすところだった。

「な、なに」
「なんでそんな有名なんだよ」
「え? 有名って?」
「お前が歩くと生徒の連中が指さしたりして噂するだろ。嫌でも目につくんだよ」

 それには苦笑いするしかなかった。
 生馬との約束のおかげで嫌がらせされることはなくなったが、人の口に戸は立てられない。
 背中に視線を感じるのはもはや日常茶飯事だ。

「それはちょっとした誤解が膨らんだものなんだ。噂のたいがいは嘘だから、気にしないでほしいんだけど」
「あっそ」

 木田川はそう言うと机の片づけに戻った。
 自分から聞いておいてあんまりではないか。

 木田川とすれ違ったとき、ふと嗅ぎなれた匂いがわずかに鼻をかすめた。
 なんの匂いだったか記憶の引き出しを探り、思い当たった。
 友崇の煙草の匂いだ。

 鳴瀬は元からして派手な外見だし、あんな性格だから煙草をくわえていても違和感は覚えないが、
地味そうな木田川が煙草を吸っているとは思えない。
 もちろん未成年の喫煙はいけないことだが。

 ますますこの転校生のことがわからなくなった。


   ◇



*<|>#

3/14ページ

[戻る]


あきゅろす。
無料HPエムペ!