ブルー・デュール
桜 常 編
7
昼休み。
やっと昼休みだ。
おれは慶多に引っぱられて購買に来ていた。
おれたちは空席を探すのも一苦労の食堂は滅多に使わず、いつも購買でパンや弁当を買っている。
だが購買も購買で、メンチカツパンや焼き肉弁当や唐揚げ弁当を求める群れでひしめき合う。
「あ、青波さーん!」
慶多が突然背伸びをして手を振った。
人ごみの中でよく知り合いを見つけられるものだ。
慶多はうまく人波をすり抜けて、制服を着崩した茶髪の生徒のもとへ行ってしまった。
あれは慶多が中学のころ仲良くなった生徒会副会長だ。
あんな格好で生徒会だって言うんだから笑わせる。
それよりも早くしないと唐揚げ弁当がなくなってしまう。
おれは慶多を置いて先に行くことにした。
唐揚げ弁当は人気が高いので、四時間目が終わったらすぐ行かないとまずありつけない。
なぜもっとたくさん仕入れてこないのか疑問だ。
なくなっても単品の唐揚げが売っているからそっちで我慢するという手もあるが、
やっぱりあれは弁当で食べるのが一番おいしい。
ぼんやり考えごとをしていると、誰かと思いきり肩がぶつかった。
眠かった上ちょうど段差があるところだったので、足を踏み外して尻もちをついてしまった。
とっさに手をついたが、左手首がずきんと痛んで涙がこぼれそうになった。
踏んだり蹴ったりだ。
「大丈夫か?」
どこかで聞き覚えのある声が降ってきた。
公衆の面前で無様な姿をさらしてしまったことが恥ずかしくて、
おれは下を向いたままうなずいて立ち上がった。
なんとか体裁を取り繕って顔を上げると、そこには彫りの深い男前が立っていた。
なんてこった。
生徒会長の鳴瀬凌士(なるせりょうじ)だった。
ぶつかったのはこいつだったのか。
どうりで歩きやすいと思ったはずだ。
鳴瀬会長の行く手をさえぎろうとする生徒など、この桜常高校にはいない。
学校の敷地内にいるかぎり、彼はいつでもビップ待遇を約束されている。
「すいません、大丈夫です」
おれは左手首をさすりながら頭を下げた。
周囲の視線が痛い。
鳴瀬会長にぶつかり、なおかつ声をかけられるなんて身の程知らずめ、と罵られているのがわかる。
そそくさと退散しようとしたが、鳴瀬に腕をつかまれて引きとめられた。
「待て。お前、手首どうかしたのか?」
「ああこれは今じゃないです。昨日ちょっとひねっちゃっただけですから、平気です」
さっさと行かせてほしいのに、鳴瀬はおれの腕を離そうとしない。
それどころか自分のもとに引き寄せて、間近でおれの顔を見つめてくる。
ひそひそやっていた周囲が静かになった。
鳴瀬は背が高いので自然と見上げる格好になる。
いやに迫力のある目で見据えられ、捕獲された獲物のような気分になった。
鳴瀬はおれの腕をつかんだまま、自由な手をおれの顔に近づけて、前髪をかきわけ両目を覆った。
温かく大きな手に視界を塞がれ、おれはなにがなんだかわからなかった。
一体なにがしたいんだこいつ。
「あの、離してくれませんか」
おれは周囲を刺激しないよう、目を覆う手を丁寧に取り払った。
もっともそんなもの今さらだろうが。
鳴瀬はまだおれをじっと見つめている。
穴があいたらどうしてくれるんだ。
「お前、何年何組だ」
「一年四組ですけど」
「名前は?」
本当に行動が理解できない。
おれは生徒会なんかと関わりたくないのに、なぜ興味を持つんだ。
「戸上りゅうです」
答えないわけにもいかず、おれは小さい声で言った。
鳴瀬は満足したのかやっと腕が解放された。
周囲はおれを奇異の目で見ている。
その中でひとりだけにやつきを抑えられていない慶多を見つけ、その腕を引いておれはそこから脱出した。
「なあ、今のなに? お前会長と知り合いなの? 堂々と目隠しプレイとはずいぶん仲良しみたいじゃん。
なんで教えてくれなかったんだよ」
「仲良しだったら名前なんて聞いてこねえだろ」
「あれ、確かに。え、初対面であんなことしたの? お前絶対会長の信者に目ぇつけられたぞ。
どういうことなんだよ」
そんなこと、おれが聞きたい。
◇
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