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ブルー・デュール
桜 常 編



 翌朝、月曜日。
 おれは目覚ましのスヌーズ機能を三度ほどスルーしてから起き上がった。
 重い体を引きずって支度を始める。
 学校指定のシャツを着て濃紺のブレザーに腕を通すと、左手首に痛みが走った。

 あの忌々しい男のせいだ。
 奴は何者なのだろうか。
 ピースの存在を知る者は、どこかであれと関わっている人間しかいないはずだ。
 友崇も予想外だったようで珍しく真剣に考えこんでいた。
 オーラがただ者ではなさそうだったし、おれと張るくらい強かったので二度と鉢合わせしたくない。
 おれには目的があるのだから、回収の邪魔をされるのはごめんだ。

 おれはいらいらしながら友崇から奪ったコンビニの焼きそばパンをほおばった。

 この春から通っている私立桜常(おうじょう)高等学校は、中高一貫の全寮制男子校だ。
 教育熱心な親を持つ子供や金持ちの子息が集う、少し変わった学び舎だ。
 高校から入学する生徒は珍しく、試験も難しいのだが、友崇が実家の権力を使ってうまく入れてくれた。
 大事にするべきものは友人だ。

 寮は八階建てのかなり大きいもので、高校生全員がここで寝起きしている。
 一、二年生は二人部屋で、三年になると一人部屋になる。
 だがおれは友崇の手まわしにより、一年なのに一人部屋だった。
 うらやましがる友人には人数が足りないからこうなったと言い訳しているが、
実際は同室者がいると夜に抜けだせないからだ。

 部屋は一二年生用なので二段のパイプベッドがあるが、上のベッドは物置になっている。
 勉強机もふたつあるがこれは両方物置だ。
 クローゼットの上には小さいテレビが乗っていて、こじんまりとしたユニットバスに
簡易キッチンもついている。
 しかし皆食堂でご飯を食べるのでキッチンは滅多に使われない。
 コンロすら持っていない奴が大半だろう。
 おれも例にたがわず、ガス栓のついたスペースは食糧貯蔵庫にしている。

 まったりパンを咀嚼していると、いつの間にか時間が過ぎていた。
 寝ぐせがついていたが直している時間はない。
 ろくに中身の入っていない鞄を持ち、おれは部屋を出た。

 寮から校舎までは結構遠いので、早めに出なければならないのにおれはいつでもぎりぎりだった。
 一年四組のクラスに滑りこむと同時に本鈴が鳴った。
 机に鞄を置いてその上に突っ伏すと、誰かに寝ぐせを引っぱられた。

「おーい、生きてるー?」
「生きてる……」
「目、死んでるけど」

 楽しそうにおれの顔を覗きこんでいるのは、入学して初めてできた友人の仰木慶多(おおぎけいた)だ。
 誰にでも話しかけるムードメーカーで、とにかく顔が広い。
 猫目はくるくるよく回り、くせ毛っぽくセットした髪が似合っている。
 毎日バスケ部の朝練に行っているので、おれと違って朝に強い。

「りゅう、英語の予習やってきたか? 今日から新しいセクションで絶対当たるぞ」
「あー、やってねえや」
「なんだよ当てにならねーな。お前って真面目なんだか不真面目なんだかよくわかんねーよな」

 前の席の慶多はおれの机にひじをついて、おれの寝ぐせをいじっている。
 おれは言葉を返す元気もなかった。
 とにかく瞼が重い。

「おい、寝るなってば。真岸来たぞ」

 教壇に立つ友崇の姿がぼんやりと揺れて見える。

「ホームルーム始めるぞー」

 銀縁の眼鏡をかけた友崇は出席簿片手に点呼を始めた。
 さっきまで騒がしかった教室も、今は静かで私語をする者はいない。
 教師モードの友崇は優しくときに厳しく、たおやかな笑顔が大人の魅力だと評判で、
皆よく言うことを聞くのだ。
 おれから見ればうさんくさい笑顔この上ないのだが。

「戸上」
「はい」
「なんだその顔は。起きるか寝るかはっきりしろ」
「……はい」

 昨夜のおれがどれだけ大変な目に遭ったか、知っているだろう。
 少しは見逃してくれてもいいじゃないか。

 だが友崇は人の目があるときは、おれをただの受け持ちの生徒としか見ない。
 公私の区別がしっかりしているのだがどうにも癪に障る。
 たまには労わってくれても罰は当たらないぞ。


   ◇



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あきゅろす。
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