ブルー・デュール
桜 常 編
46
おれは寮の部屋に帰り着くと、ブレザーも脱がずベッドに飛びこんだ。
ローテーブルの上には今朝食べきれなかったデニッシュの残りが放置してある。
放課後の呼び出しのことを考えていたら喉を通らなかったのだ。
すでにかさかさに乾いているが、ごみ箱に捨てに行く気すら起きない。
正体をばらさないかわりに明日の放課後ひとりで生徒会室に来いと言われたときは、
なにが目的なのかさっぱりわからなかった。
最悪のケースまで一通り想定していたが、これはまったくもって予想外だった。
鳴瀬はおれを抱きたかっただけなのか。
そんなはずはないだろう。
きっとこの先になにか思惑があるに違いない。
獲物を捕まえたら、一気に食べずに時間をかけてもてあそび、気が済んでから最後にゆっくり食べる。
鳴瀬はそういう奴だ。
ぐるぐると考えこんでいたが、だるい体は休息を欲していて、
おれはうつぶせに横たわったまま寝入ってしまった。
◇
ドアベルがうるさくて目を覚ました。
壁にかかっている備えつけの時計を見ると、午後九時をまわったところだった。
寮の食堂は九時で閉まる。
うっかり夕食をとり損ねてしまった。
ドアベルは一定の間隔を置いて執拗に鳴らされ続けている。
面倒くさくて無視していたが、ドアを強く叩かれ始めてやむなく重い体を起こした。
おれが留守にしているという考えはないのか。
「誰だよ!」
いらついて乱暴にドアを開けると、おれの断りもなしに訪問者はずかずか玄関に上がりこんできた。
「遅い、もっと早く出ろよ」
招かれざる訪問者は鳴瀬だった。
今は顔も見たくない相手だ。
鳴瀬は手ぶらで黒の長袖シャツにスウェットズボンという部屋着スタイルだった。
「おい!」
おれは勝手に部屋に入っていく鳴瀬の背中に向かって怒鳴った。
「部屋まで来んなよ! なにしに来たんだ!」
「ああ、俺しばらくここに住むから」
「住む……って、は? なんで」
「俺の部屋の排水溝が壊れちまって。業者を呼んで修理が終わるまでトイレも風呂も使えないから、
それまでここにいさせろ。二人部屋にひとりでいるんだから、場所空いてるだろ?」
鳴瀬は腰に手を当てて、散らかった部屋をぐるりと見渡した。
「……そんなに空いてないみたいだが、まあいいか」
背後でドアが開く音がして見てみれば、数人の生徒が段ボール箱やら布団やら抱えて
入ってくるところだった。
鳴瀬が手ぶらなのは、引っ越し作業をすべて他人に押しつけていたからだったようだ。
クラス委員もこんなときだけ使われて、かわいそうに。
クラス委員の連中はおれを押しのけて、鳴瀬の荷物をどんどん部屋に運び入れていく。
これほどおれの部屋の人口密度が高くなったのは初めてだ。
鳴瀬は我がもの顔でこれはそっちそれはここなどと指示を出している。
おれはキッチン脇の隅っこに追いやられた。
おれの部屋なのに。
「おいっ、おれがいつここに住んでいいって言ったよ!」
「しょうがないだろ、空きがあるのはここだけだったんだから」
友崇がわざわざひとり部屋にしてくれたのがあだになったようだ。
聞こえよがしにため息をつくと、鳴瀬の鞄を勉強机に宝物のようにそっと置いた生徒がおれを睨んだ。
鞄を置くスペースを確保するため端に積まれたおれの私物が、バランスを崩して床に落ちた。
だが生徒は拾おうともしない。
おれの態度が気に入らなかったらしい。
彼は鳴瀬のほうを向くと猫なで声を出した。
「会長、こんな汚い部屋に泊まらなくても、僕が部屋貸しますよ」
だが鳴瀬は軽く手を振っていなした。
「いい。そんなに長くいるわけじゃないし」
都合のいいときだけ使っておいてひどい言い草だ。
その生徒は明らかにがっかりしたようで肩を落とした。
そっちに行けばいいのに。
◇
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