ブルー・デュール
桜 常 編
42
頭の上を滑るように、古代ローマの支配体制やら革命を起こした人物の名前やらが過ぎ去っていく。
マリウスだかグラックスだかスパルタクスだか、似たり寄ったりの名前ばかりだ。
おれは黒板の内容が消される前に必死にノートに書き写していた。
しかし頭がまったく働かない。
ここまで眠気と戦ってきたものの、これ以上は持ちこたえられなさそうだ。
「ごらあ戸上! 俺の話を聞けえっ!」
ものすごい怒鳴り声がして、おれは突っ伏していた机から頭を起こした。
教室を見回すと、たくさんの目がおれを見ていた。
窓際の席では峻が椅子に片膝を立てて、棒つき飴をなめながらにやにやしている。
教壇には久河が立っていて、丸めたプリント片手におれを睨んでいた。
教師の姿はない。
今は世界史の授業中ではなかったのか。
前の席の慶多が振り向いて、気まずさを払拭させるように優しく言った。
「寝すぎだよりゅう。今はロングホームルームの時間だ」
「え?」
おれの机には世界史の教科書とノートが開かれている。
ノートを見ると板書しようとしたのか、ミミズがのたくったような線がいくつも引かれている。
どうやら寝こけているうちに世界史の時間は終わってしまったようだ。
他のクラスメートの机には筆記具以外なにも出ていない。
黒板を見れば、一番端に文化祭についてと書かれている。
慶多が親切に今の状況を教えてくれた。
「クラスでなにをやるか決めてたところだよ。候補はあらかた出たから、
あの中から多数決で決めることになったんだ」
だから起こされたのか。
黒板には箇条書きで文化祭でやりたいことが書かれている。
高校の文化祭は初めてなのでわくわくする。
焼きそばの屋台や縁日やお化け屋敷なんかが主流なのだろう。
候補のひとつめはホストクラブだった。
ふたつめは出張写真屋で括弧して(教室では生徒会などのブロマイド販売)と書かれている。
みっつめはコスプレ喫茶。
よっつめは悪ノリか女装カフェだった。
ひとつとしてまともなものがない。
この学校の連中の思考回路を覗きたい。
「じゃあこの中でひとつだけに手をあげて。ホストクラブがいい人ー」
久河の指示でどんどん進んでいく。
ぱらぱらと手があがった。
「写真屋がいい人ー」
これが一番楽だとふんだのか、慶多を含む数人が手をあげた。
ほかに比べると無難そうなので、おれも挙手した。
「コスプレ喫茶がいい人ー」
クラスの半数くらいが一斉に手をあげた。
数えるまでもなく決まりだった。
峻はどこにも手をあげなかったが、まさか女装カフェがやりたかったのだろうか。
「やっぱり妥当なところに収まっちゃったか。残念」
慶多が椅子の前足を浮かせておれの机にもたれかかりながら言った。
「妥当って、これが?」
「まあ伝統だし。いつでも客受けがいいから、皆やりたがるんだよなあ」
「頭痛くなってきた……」
「まだそんなこと言ってんのかよ。でも今日は確かに具合悪そうだな。風邪でも引いたか?」
おれは自嘲気味に笑って首を振った。
風邪を引いたわけではないが、具合が悪そうに見えるのは致し方ないことだ。
◇
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