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ブルー・デュール
桜 常 編

41

 おれは地図をあきらめて心のおもむくままに迷路を走った。
 出口がないわけではないのだから、いつかたどり着くはずだ。

 姿こそ見えないが、さほど離れていない場所から鳴瀬の声がする。

「おい、どこに行きたいんだお前。さっきから同じところをまわってるぞ」

 敵の言葉をすんなり信じるほどおれは馬鹿じゃない。
 そう言っておれを惑わし、自分のペースに持ちこむつもりだろう。

「お前は方向音痴なんだから、無理しないでさっさとあきらめろ」

 鳴瀬はもう完全におれを戸上りゅうだと決めつけている。
 しかしおれは速度を緩めなかった。
 右に曲がったら次の分かれ道を左へ曲がっていけば、きっと端に出るはずだ。

 倉掛の姿が見えないことが気がかりだった。
 この前のように二手に別れ、おれが鳴瀬に気を取られているところを倉掛が押さえる作戦かもしれない。
 出口で張られていたら厄介だ。
 入り口から出たほうが賢明だろうか。

 その前にピースを回収しなければ、逃げられたとしてもおれの負けだ。
 だがここはただの迷路、声はするがピースが入りこめるようなものはなにもない。

「いつまで続ける気だよ?」

 鳴瀬がかったるそうに言った。
 声のした方向がどうもおかしい。

 分かれ道に来ると右の通路から細く強い光がおれを照らした。
 いつのまにか先回りされていたようだ。
 黒ずくめの鳴瀬が、立ち止まって目元に手をかざしたおれに懐中電灯を向けている。

「そろそろ疲れたから、やめにしないか?」

 子供をあやすように言われ、おれは頭に血がのぼるのを感じた。
 冗談じゃない、屈してたまるか。

 おれは鳴瀬に背を向けて走り出した。
 鳴瀬が深く息をはいて仕方なさそうに追ってくるのがわかる。
 鳴瀬は迷路の構造を熟知しているようだ。
 先のわかっている鬼ごっこだが、負けを認めるのは嫌だった。

 ついた先は出口ではなく、行き止まりだった。
 万事休す。

 鳴瀬はポケットに片手を突っこんで、悠々と歩いてくる。
 懐中電灯の明かりだけが頼りの暗い空間で、鳴瀬の勝ち誇った顔に深く陰影が落とされている。

 鏡を背にして立つおれの目と鼻の先で、鳴瀬は足を止めた。
 十分に距離が縮まったところで殴りかかったが、あっさり手の平で受け止められた。
 こぶしをつかんで引き寄せられ、腹に膝蹴りを叩きこまれた。
 視界が一瞬真っ白になり、目がちかちかして体の力が抜けた。

「けほ、けほっ」

 ふらついて膝をつけば、肩を軽く押されて尻もちをついた。

「捕まえた」

 おれの足に乗り上げて鳴瀬が笑った。

「やっと捕まえた。もう逃がさない」

 鳴瀬はおれのフードを外し、スキー用のマスクを顎まで下げて顔をあらわにした。
 素顔を見ても鳴瀬の表情は変わらない。

「だから意地張るのやめろって言ったのに」
「うるせえ」

 おれは鳴瀬の目を見たくなくてそっぽを向いた。
 鏡に映ったおれと目が合った。
 渋面で強気な姿勢を取り繕っているが、頭の中ではお手上げ状態だ。
 とうとうばれてしまった。
 これからどうすればいい。
 鳴瀬はおれをどうする気なのだろう。

「そんな顔すんなよ。言ったろ、悪いようにはしないって」
「お前の言うことなんか信じられるかよ」
「黙っててやろうか」
「え?」
「お前、ピースを探していることを知られたくないんだろ? お前を逃がしたふりして、
正体は黙っててやろうか?」

 なぜそんなことを持ちかけてくるのか理解できない。
 鳴瀬はおれが何者だろうとどうでもいいのだろうか。
 ピースさえ手に入ればそれで構わないのか。

 鳴瀬のバックがわからない以上、その言葉を鵜呑みにするのは危険だ。
 しかし、今のおれにはどうすることもできない。

「俺とお前だけの秘密にしよう」

 恐る恐る正面を向くと、鳴瀬は睦言でも囁くように言った。
 おれに拒否権を与えない魔法の言葉だ。

「そのかわり――」


   ◇




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