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ブルー・デュール
桜 常 編

39

 生徒会の用事がないひまな放課後、おれは学校の図書館に来ていた。
 私立高校だけあり、蔵書量が公立高校の比ではない。
 全国的に見てもかなり上位に食いこむほど充実した図書館らしい。
 おれはろくに使ったことはないが。

 図書館は独立した建物で、渡り廊下で校舎と繋がっている。
 校舎が閉まっている休日でも、図書館だけは利用できるようになっている。
 中は四階建てで各階に閲覧室が設けてあり、立派なAVルームもある。
 勘違いした奴がうきうきしながら入ってがっかりして出ていく部屋だ。
 二階から四階は書庫で、部屋いっぱいにできうるかぎり間隔をつめて本棚が並んでいる。
 通路が狭すぎて地震対策がきちんとしているのか不安になってくる。

 だが高校生にこんな図書館は猫に小判で、書庫を利用しているのはもっぱら教師陣だ。
 おれだってピースのことを調べようとしなければ、こんな息苦しいところに来たりはしない。

 調べるといってもとっかかりがつかめないので、おれはしばらくただ書庫をうろうろしていた。
 だがふと思いついて四階に上がり、日本の風景の写真集を開いた。
 ピースが割れたときに見たあの野原、あそこがどこかに載っていないか探すためだ。
 ものすごく綺麗だったということを除けばなんの変哲もない風景だったが、
見ればすぐにわかるという確信があった。

「でもそううまくはいかないか」

 おれはぱらぱらと写真集をめくった。
 日本各地の自然風景がたくさん載っていたが、あの野原らしいものはひとつもなかった。
 心のどこかでは、こんなところにあるはずがないとわかっていた気がする。

「調べ物か?」

 不意に声をかけられて、おれは写真集をぱたんと閉じた。
 また、あいつが近づいて来る足音に気づけなかった。
 通路の入り口で、鳴瀬が本棚に肘をついてこちらを見ている。
 おれがいるのは本棚の一番奥だ。
 唯一の出入り口を塞がれて、鳴瀬がやってきても逃げる場所がなかった。

「まあ、ちょっと」
「宿題か?」
「そういうわけじゃないけど、ちょっと知りたいことがあって」
「へえ。そんな殊勝な奴だったとは思わなかったな」

 おれは何気なく手にとってみただけ、というように写真集を棚に戻した。
 鳴瀬は背表紙をちらりと見たが、すぐおれに顔を戻した。

「会長こそなにしに来たんですか」
「俺は仕事だ」

 鳴瀬はおれの脇に手をついて、だめ押しでもするように逃げ道を断った。
 少しでも距離をとろうと本棚に背中をぴったりくっつけると、
その分鳴瀬が迫ってきて余計に身動きがとれなくなった。

「おれに用事でもあるんですか」
「どうだろうな。お前のほうこそ、俺になにか言いたいことがあるんじゃないのか?」
「ありませんよ」
「俺の目を見て言えよ」

 反射的に見上げてしまい視線が合うと、もう目を離せなくなった。
 鳴瀬はひどく真摯な表情で、なにか訴えたそうにも見える。

「戸上、いい加減に意地張るのやめろよ」
「なんのことですか」
「それをやめろって言ってんだよ。わかってんだろ」
「わかりませんね。おれもう行くんでどいてください」

 おれは有無を言わせぬ力で鳴瀬の腕を押した。
 だが鳴瀬は予測していたようにおれのネクタイをつかんで引き寄せた。

「いてっ」
「悪いようにはしないから、本当のことを言えよ。お前が言えば俺も全部話してやるから」
「全部って?」
「知りたくないのか?」

 唇が触れ合いそうな距離で、鳴瀬は目を細めておれを促す。
 鳴瀬はいつでもおれより優位に立ってものを喋る。
 それが気に食わない。
 だが鳴瀬を前にするとなぜか従いたくなってしまう。
 逆らうことの許されない空気がおれを侵食する。
 おれはゆっくり口を開いた。

「おれは……」

 しかし、誰かが階段を上がってくる足音がしておれは口をつぐんだ。
 鳴瀬はさっとおれを離した。
 足音はおれたちのところへ近づき、本棚の影から顔を出したのは友崇だった。
 友崇はおれと鳴瀬を見てぴたりと足を止めた。

「おっ、なんだこんなところで」
「生徒会の調べ物ですよ。真岸先生」

 耳元で鳴瀬のよそ行きの声がした。
 友崇は軽くうなずいて流し、おれに言った。

「そうだ戸上、お前今日日直だろ? 学級日誌出してないぞ」
「あ、忘れてた。すみません、化学準備室に持ってっときます」
「おー」

 今日の日直はおれではない。
 だがおれはさも今思い出したように答えて、頭をかきながら鳴瀬の横をすり抜けて図書館をあとにした。


   ◇




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