ブルー・デュール
桜 常 編
36
結果として追試はなかなかの点数だった。
おれはきちんと勉強さえすればできるのだ。
おれは答案用紙を持って生徒会室に向かった。
お礼をしたかったわけではないが、結果報告くらいはしておこうと思ったのだ。
「おおー、よくやったな!」
倉掛は我がことのように喜んでくれた。
素直に褒められれば嫌な気はしない。
気を許してはいけないとわかってはいるものの、おれはついつい頬を緩めてしまった。
「短期間で頑張ったんだねえ」
「すごいよりゅう君」
おれの答案を見ながら、新と湊はにこにこして言った。
「俺の教えのおかげだよな」
倉掛はさも得意そうに言ったが、これはおれが部屋でひとり頑張ったおかげだ。
倉掛はソファにゆったり座って背もたれに腕を伸ばし、おれを呼んだ。
「なありゅう、お礼が欲しいんだけど」
「お礼? なんですか」
「ちゅーして」
「はあ?」
「いい点取れたのは俺のおかげだろ。なあ、一回でいいからさ、お願い」
倉掛は顎を突き出してわずかに首をかしげた。
高校生らしからぬ色目を使うのは女の子限定にしてほしい。
だが冷静に考えて、今断ってあとでもっときわどい要求をされたら困るのはおれだ。
おれはさっと倉掛に歩み寄り、軽く唇を押しつけると素早く離れた。
そのあまりの早さに倉掛は瞬きすらするひまもなかった。
「え?」
「終わりです」
「ええっ! ちょっと待て、今のはなしだ!」
「一回は一回ですよ先輩」
倉掛の悔しそうな顔を見るのは楽しい。
どうせ腹の中ではもっと濃いやつを想像していたんだろう。
「倉掛先輩だけずるいですよ!」
「そうですよ、僕たちだって勉強教えてあげたのに!」
今度は双子に両側から抱きつかれてしまった。
身長がほぼ変わらないので圧迫感はないが、両方向に引っぱるものだから体がふたつに裂けそうだ。
「ちょっと、苦し……」
「どけよ湊! 邪魔すんな!」
「まーた先にしようとする! たまには僕に譲れよっ!」
湊はおれの体に両腕をまわして強引に引き寄せ、音を立てて頬にキスを落とした。
先を越された新は目尻をつり上げた。
「あーっ! この馬鹿! 強情!」
新は罵詈雑言をまくしたてながら、逆側からおれの頬にキスした。
いったいなんの状況だこれは。
おれを挟んだまま兄弟喧嘩が始まってしまった。
このふたりは仲がいいのか悪いのかよくわからない。
おれはこっそりふたりのあいだから抜け出して窓際に避難した。
デスクで一連の様子を見ていた鳴瀬は、不遜な態度でおれを見上げた。
「おい、俺にはお礼してくれないのか」
「あんたはもういいでしょうよ」
おれはそう言い捨てた。
すると喧嘩がぴたりとやんだ。
お互いの襟首をつかんだまま、新と湊はおれを凝視している。
倉掛がソファから飛び起きたのを見て、ようやく失言に気がついた。
「へー。もうってことは、凌士はすでにちゅーしてもらったんだ?」
新しいオモチャでも見つけたような目だ。
おれは顔が赤くなっていくのを感じた。
「いや今のはそういう意味じゃなくて」
「じゃあどういう意味? 言い訳あるなら言ってみなよ。え?」
ぐうの音も出なかった。
「なるほどなー。凌士の口元の怪我はそういうことだったのか。無理やりちゅーして殴られたんだな?」
「無理やりじゃねえ。こいつが誘うから」
「いつ誘ったよ!」
おれが怒鳴ると鳴瀬は声をあげて笑った。
→四章
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