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ブルー・デュール
桜 常 編

35

 追試当日、おれは慶多に泣きごとをもらしていた。
 生徒会の個人指導はことごとく無意味だったし、むしろ化学の教科書を開くたびに
倉掛のセクハラを思い出して逆効果だった。

「お前よくあんな人と仲良くしてられるよな……」
「青波さんは俺にはそんなことしないから。あの人だって分別くらいあるよ」
「どんな分別だよ」
「お前気に入られたんだよ。よかったなー」
「嬉しくねえ! これで追試だめだったらわら人形作ってやる!」

 おれががなると、斜め後ろの席から吹きだす声が聞こえた。

「戸上、お前追試受けるの?」

 鳴瀬大好きクラス委員の久河だった。
 久河はメロンパン片手に挑発的にほほ笑んだ。

「そんなんでよく生徒会の皆さんと一緒にいられるよなー。俺だったら恥ずかしくて無理だな」
「うるさい。喜んで代わってやる」

 おれはそれだけ言ってまた前を向くと、慶多が倉掛の写真をひらひらさせていた。

「なんだよそれ」
「ブロマイド一枚三百円です。わら人形っていうからには写真いるだろ。買わない?」
「賭けの次は商売かよ。いいのかこんなの売って」
「これも青波さんの発案だし」

 金儲けのためなら自分の写真まで提供するのか。
 その商売根性はすごい。

 慶多は他にもたくさんのブロマイドを取り出して、ディーラーがカードを並べるようにおれの机に広げた。

「最近新しいのが増えたんだよ。おい久河、会長の私服写真も手に入ったぞ」
「なにっ」

 久河の食いつきっぷりはさすがだった。
 慶多が手にしているのは、デパートの吹き抜けをバックにけだるげに遠くを見ている鳴瀬の写真だった。
 口元の傷からして、あの日おれが帰ったあとに撮ったものだろう。

「うわあかっこいー」
「これは一枚五百円だぞ。怪我した会長なんてレアだからな」
「買うっ」

 久河は遠足前夜の小学生のように嬉しそうだった。
 だんだんおれの机の周りに人だかりができてきた。
 倉掛と鳴瀬の私服写真目当ての信者たちだ。
 うちのクラスだけでもこんなにいたのか。
 恐るべし生徒会。

 カラオケでのりのりで歌っている倉掛の写真も人気だったが、
フレームの外で女の子をはべらせていることは誰も知らない。

 はしゃいでいる久河たちがなんだかうらやましくなった。
 知らないことは幸せだ。
 真実なんて知っても嬉しいことなんてなにもない。


   ◇



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