桜 常 編 34 生徒会長なのだからそれなりに頭がいいのは知っている。 鳴瀬会長じきじきに勉強を教わるなんて、信者たちからすれば鼻血ものだということもわかっている。 慶多や峻でさえうらやましそうにしていた。 だがおれはデパートの屋上でされたことを忘れてはいない。 「いつまでへそ曲げてんだ」 「別に」 おれは生徒会室の机に向かってもくもくと勉強している。 鳴瀬はおれの脇に椅子を持ってきて、足と腕を組んで座っている。 勉強を教える気はなさそうだ。 もっともおれも教わる気などないのだが。 全身に視線を感じて勉強にならない。 生徒会メンバーが教師になって、まともに勉強できたためしがない。 これならスパルタだが友崇に教わったほうがよっぽどましだった。 「キスくらいでがたがた言うなよ」 おれがあからさまにとげとげしいので、鳴瀬があきれたように言った。 この際、男同士だとかそういう根本的な問題は置いておくことにする。 なぜおれにそんなことをしたのか、そこが重要だ。 鳴瀬の行動は予測がつかなくて対処のしようがない。 おれが奴のほうを向くと、鳴瀬はなんだと言いたげに片眉を上げた。 おれは思い切って聞くことにした。 「なんで……」 しかし、なんと言えばいいのかわからなくて尻つぼみになった。 おれが口をもごもごさせているのを見て、鳴瀬は意地悪そうに歯を見せて笑う。 「なんでキスしたかって?」 そう言いたかったのだが、あんまり気にしていると思われるのは癪でうんと言えなかった。 学校中に大人気の鳴瀬からしてみればあんなものお遊びの一環で、 いつまでも引きずるおれを馬鹿にしているかもしれない。 「お前がすごく真剣にアイス食ってるの見たら、したくなった」 「アイス食べてる人にキスするのが好きなんですか」 「馬鹿だなお前」 「言われなくてもわかってます」 「赤い舌出して必死になめてるお前はエロかったな」 あの副会長にしてこの会長ありだ。 「もっとしてやろうか。あのときのことが気にならなくなるくらい」 「また殴りますよ」 「そういえば、俺に一発入れた奴は久しぶりだったな」 おれは口ごもって鳴瀬から目をそらした。 鳴瀬は強い。 よっぽど喧嘩慣れしている人間でなければ同等に渡り合えないだろう。 だが今のおれにとって、それはあずかり知らぬことだ。 油断すると知らないはずのことを口走ってしまいそうで怖い。 おれは勉強もそこそこに、気まずい思いをしながら生徒会室をあとにした。 ◇ *<|># [戻る] |