ブルー・デュール
桜 常 編
30
おれは目の前の現実が信じられなかった。
手が震えて答案用紙が乾いた音を立てる。
「答え合わせ始めるぞー」
教卓で教師モードの友崇が眼鏡のフレームを押し上げながら言った。
おれは青ペンを取り出して、答案用紙の三角に折った右上の部分をそっと開く。
二十七点。
「まじか……」
中間試験はあっという間に終わり、悪夢のような答案返却が始まった。
現国に始まり、英語も数学も赤点すれすれでなんとかやり過ごしてきたが、最後の最後でやらかしてしまった。
化学は予想以上に難しかった。
認識が甘かったようだ。
採点ミスに一縷の望みをかけて、おれは友崇の言葉を一言一句聞き洩らさないように集中した。
友崇は淡々と問題を読み上げて模範解答を黒板に書いていく。
こうやって聞いている分にはなんてことのない問題に思えるが、
試験で見たときはなにが言いたいのかわからなかった。
友崇は時計を確認しつつ、最後の応用問題を少し丁寧に解説した。
そのあとに配点を読み上げた。
「じゃあ、採点になにか問題がある奴はここに並べー」
おれは真っ先に席を立って友崇のところへ行き、教卓に答案を広げた。
「ここ見てください」
おれはバツのついたひとつの欄を指差した。
友崇はペンをまわしながら問題用紙と見比べた。
「んー? 間違ってるじゃないか。小数点つけ忘れてるぞ」
「書いてありますってば。うっすらと。見落としたんじゃないんですか」
この問題は三点だ。
合っていれば少なくとも赤点はまぬがれる。
しかし友崇は憐れむような目で言った。
「これ今書いただろ」
「ちっ、違いますよ」
「だめ」
取りつく島もない。
少しくらいおまけしてくれてもいいだろうに。
「そんなことするくらいならちゃんと勉強しておけ。なんのために週末があるんだよ」
その週末を台無しにしたのは誰だよ。
友崇があんなことをしたから、自己嫌悪で勉強なんて手につかなかったというのに。
仕方なくおれは自分の席に戻った。
「なあなありゅう、何点だった?」
友崇のもとへ行列を作る生徒たちで教室がざわつき始め、
騒ぎに乗じて友人の音村峻(おとむらしゅん)がおれの机へやってきた。
峻はサッカー部期待の新星で運動神経は抜群だが、勉強はあまり得意ではない。
慶多も振り向いてきたので、三人で一斉に答案用紙を見せ合うことにした。
慶多が四十五点、峻が三十九点。
ふたりはおれの二十七点を見て、慈愛に満ちた笑みを浮かべた。
「うん、よくがんばったな、りゅう」
「そんな落ちこむな。きっと運動能力と学力は反比例してるんだよ」
ほめているのかけなしているのかよくわからない。
とりあえず運動馬鹿の二人組より点数が悪いことを知り、おれは落ちこんだ。
峻はなぐさめるようにおれの肩を叩いたが、大口を開けて笑っているのでなぐさめられている気がしなかった。
「赤点だった奴は追試があるからなー。あとで後ろの黒板に日程貼っとくからちゃんと見ておくんだぞ」
おれの中間試験はまだ終わらない。
◇
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