ブルー・デュール
桜 常 編
3
順調に値段がつり上っていく。
どう逃げるか必死に考えていると、急にスポットライトの明かりが落ちた。
広間を照らしていたなけなしのライトもすべて消え、一気に暗闇になった。
「おい、どうした、停電か?」
背後で男の声がした。
おれは立ち上がりざまに、縛られた腕を男の首にまわして締め上げた。
腕を後ろで拘束されていなくて助かった。
不意をつかれた男はおれの腕を叩くばかりだった。
そんなもの抵抗にもならない。
そのまま力をこめていくと、男はなにも言わないままくたりとくずおれた。
おれは男をそっと地面に横たえ、足音を忍ばせて走った。
真っ暗だが、ピースがおれを呼ぶ声をたどっていけば迷うことはない。
手探りで扉を開けて廊下に出ると、懐中電灯がおれを照らした。
店主が廊下の真ん中に立っている。
店主が状況を把握しきらないうちに、おれは距離をつめて奴の顎に一発食らわせた。
結構本気だったのに、店主はタフで一撃では倒れずポケットからナイフを取り出した。
おれは一歩下がると店主の鳩尾に蹴りを入れた。
店主は蛙がつぶれたような声を上げ、ふらつきながら数歩後ずさり仰向けに倒れた。
倒れた先にあったスチールワゴンが横転し、すさまじい音がした。
おれは急いで店主の服を漁って財布と携帯電話を取り返し、懐中電灯を拝借して走り出した。
人が集まってくる前にピースを探し出し、ここを出なければならない。
おれには特別な力がある。
ピースの呼ぶ声を聞き、依り代にしている物体の中からピースを引きずり出して回収することができる。
これはおれに与えられた役目でもあり、過去を知るための手段でもある。
声はぼそぼそと囁くような小さなもので、なにを言っているか聞きとることはできない。
だが確実に近づいているのがわかる。
大道具をしまう倉庫のさらに奥の部屋でおれは止まった。
声はここからしている。
天井まで届くラックで細く仕切られたその部屋には、ありとあらゆるものが保管されていた。
商売道具が収められた箱がほとんどだが、店主の趣味で集められただろう置物もたくさんあった。
懐中電灯でそれらを照らしていく。
用具箱からカッターを見つけて手首に巻きついていたひもを断ち切った。
おれは胴長の猫の置物を手に取った。
少し埃をかぶっていて、黒塗りでずっしりと重い。
これだ。
おれは口に懐中電灯をくわえて左手に猫を持ち、包みこむように右手をかざした。
置物の輪郭が震えたかと思うと、とろみのある水の膜のようなもので覆われ始める。
それはゆっくり集まっていき、時間をかけて丸く形を作っていく。
おれは焦らずに置物からピースがすべてはがれるのを待った。
できあがったピースはおれの手のひらに収まると声を発するのをやめた。
おれはガラス細工のようなそれを指の腹でなでた。
球体の中で幾筋もの煙が渦を巻いて絶えず動き回っている。
「へえ」
ひと安心したところに声をかけられた。
いつの間にか、仮面をつけたスーツの男が倉庫の入り口に寄りかかって、こちらを見ていた。
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