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ブルー・デュール
桜 常 編



 順調に値段がつり上っていく。
 どう逃げるか必死に考えていると、急にスポットライトの明かりが落ちた。
 広間を照らしていたなけなしのライトもすべて消え、一気に暗闇になった。

「おい、どうした、停電か?」

 背後で男の声がした。
 おれは立ち上がりざまに、縛られた腕を男の首にまわして締め上げた。
 腕を後ろで拘束されていなくて助かった。
 不意をつかれた男はおれの腕を叩くばかりだった。
 そんなもの抵抗にもならない。
 そのまま力をこめていくと、男はなにも言わないままくたりとくずおれた。

 おれは男をそっと地面に横たえ、足音を忍ばせて走った。
 真っ暗だが、ピースがおれを呼ぶ声をたどっていけば迷うことはない。
 手探りで扉を開けて廊下に出ると、懐中電灯がおれを照らした。
 店主が廊下の真ん中に立っている。

 店主が状況を把握しきらないうちに、おれは距離をつめて奴の顎に一発食らわせた。
 結構本気だったのに、店主はタフで一撃では倒れずポケットからナイフを取り出した。
 おれは一歩下がると店主の鳩尾に蹴りを入れた。
 店主は蛙がつぶれたような声を上げ、ふらつきながら数歩後ずさり仰向けに倒れた。
 倒れた先にあったスチールワゴンが横転し、すさまじい音がした。

 おれは急いで店主の服を漁って財布と携帯電話を取り返し、懐中電灯を拝借して走り出した。
 人が集まってくる前にピースを探し出し、ここを出なければならない。

 おれには特別な力がある。
 ピースの呼ぶ声を聞き、依り代にしている物体の中からピースを引きずり出して回収することができる。
 これはおれに与えられた役目でもあり、過去を知るための手段でもある。

 声はぼそぼそと囁くような小さなもので、なにを言っているか聞きとることはできない。
 だが確実に近づいているのがわかる。
 大道具をしまう倉庫のさらに奥の部屋でおれは止まった。
 声はここからしている。

 天井まで届くラックで細く仕切られたその部屋には、ありとあらゆるものが保管されていた。
 商売道具が収められた箱がほとんどだが、店主の趣味で集められただろう置物もたくさんあった。
 懐中電灯でそれらを照らしていく。
 用具箱からカッターを見つけて手首に巻きついていたひもを断ち切った。

 おれは胴長の猫の置物を手に取った。
 少し埃をかぶっていて、黒塗りでずっしりと重い。
 これだ。

 おれは口に懐中電灯をくわえて左手に猫を持ち、包みこむように右手をかざした。
 置物の輪郭が震えたかと思うと、とろみのある水の膜のようなもので覆われ始める。
 それはゆっくり集まっていき、時間をかけて丸く形を作っていく。
 おれは焦らずに置物からピースがすべてはがれるのを待った。

 できあがったピースはおれの手のひらに収まると声を発するのをやめた。
 おれはガラス細工のようなそれを指の腹でなでた。
 球体の中で幾筋もの煙が渦を巻いて絶えず動き回っている。

「へえ」

 ひと安心したところに声をかけられた。
 いつの間にか、仮面をつけたスーツの男が倉庫の入り口に寄りかかって、こちらを見ていた。



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