ブルー・デュール
桜 常 編
23
まだ時期が早かったのでアイス売り場は空いていたが、フードコートは買い物客でごった返していた。
座れる場所が見当たらなかったが、鳴瀬は明確な足取りで客のあいだを縫って歩いていく。
アイスをなめながらついていくと、鳴瀬は階段を上がって屋上に出た。
屋上は閑散としていて、がらんとした舞台といくつかのプラスチックの椅子が置いてあるだけだった。
なにか催しものをするときはにぎやかになるのだろうが、今はなにもない。
放置された椅子に二組の中年カップルが座って談笑しているだけだ。
ここは穴場だ。
「よく知ってますね」
「まあな」
鳴瀬は舞台の裏にまわり、セットに寄りかかって腰を下ろした。
おれも真似て隣に座った。
日にさらされた板壁ははほんのり温かくて心地よかった。
かちっという聞きなれた音がして横を見れば、鳴瀬は煙草に火をつけていた。
おれはあきれて言った。
「生徒会長がなにやってんですか」
「ばらすなよ」
鳴瀬は深く息を吸って紫煙を吐き出した。
だからこんな人けのない場所を知っているのか。
学校ではおちおち吸えないのだろう。
おれは黙ってアイスを舌で突っついた。
どうせだから二段にしてもらった。
上がマスカルポーネで下がモカ。
両方を混ぜて食べるとうまいのだ。
だからおれがこれを食べるときは、高さはそのままにどんどんアイスがやせ細っていく。
倒れないように食べるのにまたこつがいるんだな、これが。
鳴瀬は煙草を吸いながら携帯電話をいじっていたが、おれの食べかたに気がつくと動きを止めた。
おれは顔を斜めにしてアイスをまわしながらなめた。
もうマスカルポーネの部分が折れそうだ。
「なんだそれ。どういう食いかたしてんだよ」
「これがおいしいんですよ」
「へえ?」
だが少し強情を張りすぎたようだ。
棒のようになったアイスはとうとう折れて、おれの頬を滑りコンクリートの地面に落ちた。
「ああー……あ?」
アイスの残骸を目で追っていたおれは、鳴瀬が近づいてきていたことに気づくのが遅れた。
鳴瀬は膝立ちになり、おれに覆いかぶさるように顔を近づけた。
逆光で表情が読み取れない。
鳴瀬はおれの顎をつかんで頬についたアイスを吸い取るようにしてなめた。
突然のことに硬直していると、鳴瀬は顔を離しておれを見つめた。
その視線にさらされると動けなくなってしまう。
会議室で生徒会信者に頬をなめられたときは迷わず蹴り飛ばしたが、鳴瀬だとなにもできない。
この男には敵わないと体が理解しているのだろうか。
「んっ」
再び鳴瀬の顔が近づいて、今度は深く口づけられた。
アイスでべたつく唇を覆われて、溶けた甘い汁を味わうようにキスされる。
顎をつかむ鳴瀬の手に力が入り、無理やり上を向かされた。
抵抗しようとした手は壁に押しつけられて、文句を言おうと口を開いたら舌に侵入された。
ぬるつく舌は口内を好き勝手に動きまわり、おれの舌を絡めてもてあそぶ。
煙草の苦い香りがした。
足で蹴ろうにも、のしかかられていてできない。
完全に鳴瀬の手の中だった。
超至近距離から見られることに耐えられなくて目をつぶると、口の中の感覚がより増した気がした。
「んっ、う……」
鳴瀬は何度もねちっこくおれの舌を吸った。
どちらのものともいえない唾液が水音を立てる。
吐息が混ざり合って、もうなにがなんだかわからなくなった。
鳴瀬は十分すぎるほどおれの口内を蹂躙してから、名残惜しそうに糸を引いて離れていった。
日を背にしておれにかぶさる鳴瀬の姿に、体の芯がぞくりと震えた。
だが余韻もそこまでだった。
「な、に、しやがるてめええええ!!」
おれは鳴瀬の左頬を渾身の力をこめて殴りつけた。
右ストレートが綺麗に決まり、鳴瀬が呻いたわずかな隙をついて逃げ出した。
舞台の影から飛び出すと、談笑していた中年カップルが何事かと目を見張っていた。
おれは疲れも忘れて、人目もはばからずに走った。
→三章
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