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ブルー・デュール
桜 常 編

18

 開け放たれた窓からは野球部のかけ声が聞こえてくる。
 暑くも寒くもなく、空気は乾いていてとてもすがすがしい。
 こんな午後は外でまったり昼寝をするにかぎる。

 だが生徒会室に軟禁されて仕事を強いられている身では、そんなことも言っていられない。

 おれはひたすら生徒総会用のプリントをクラス別に仕分けしていた。
 おれは体を動かすことが得意だから、こういう淡々とした作業は苦手だ。
 ルーチンワークと言うのだったか。

「りゅうー、ちょっと休憩しない?」

 急に後ろから首に腕をまわされ、おれはびくりと大げさに驚いてしまった。
 向かいに座っている本條兄弟が、揃っておれの背後に非難の目を向ける。

「倉掛先輩、休憩の前に仕事してください」
「仕事してる人が休憩をとるんです」
「俺はりゅうに聞いてるんだよ」

 倉掛はおれの首に抱きついたまま耳元で言った。
 喋るたびに吐息が耳にかかる。

「なあ。りゅう」
「なんですか。おれは早く終わらせて早く帰りたいんですけど」
「真面目だなあ。りゅうも疲れてるだろ。ちょっとくらい休んでも平気だよ」

 それは今のことを言っているのか、昨夜のことを言っているのか。

 倉掛がおれから離れようとしないので、集中できない。
 とっくにおれの正体に気づいていて、なにか企んでいるのではと疑心暗鬼になってしまう。
 この体制から力づくでおれを捕まえるのはたやすい。
 よりによって鍛えようのない首に手をまわしているのは、わざとなのか。

 鳴瀬はというと、奥のデスクに座ってずっとノートパソコンとにらめっこしている。
 ときどき手元の資料に視線を落としては、パソコンに打ちこんでいく。
 なにをしているのか気になるが、目が合うのが怖くておちおち観察もできない。

 鳴瀬も倉掛も、別段変わった様子はなかった。
 だがこのふたりはおれと同じ力を持っていて、ピースを回収している。
 目的はなんなんだ。
 施設から派遣されているのだとしたら、なんとしても正体を見破られるわけにはいかない。
 もう鳥かごの生活は嫌だ。

 しかし、ふたりが仮に施設に属しているとして、普通に高校生をやっているのはどういうことだろう。
 従順だからある程度自由にさせているのか、それともここも施設の一部なのか。
 いや、だとしたら施設に目を光らせている友崇が気づかないわけがない。
 では鳴瀬と倉掛は施設とは関係ないのだろうか。
 しかしそれではピースを知っているのは不自然だ。

 おれの頭では、どんなに考えても納得のいく答えは見つからなかった。
 難しいことは友崇に任せよう。
 今までもそうしてきたのだから。

「りゅうって肌白いねー」
「うわっ」

 倉掛の手が襟の中に侵入してきた。
 振り払おうとしてもうまくいかない。

「すべすべだし。汚したくならない?」

 セクハラだ。

「先輩! やめてくださいよっ!」
「あ、いいね今の。もっかい言って。もーちょいかわいく」
「青波」

 見かねた鳴瀬の厳しい声が飛んできた。
 とたんに倉掛の手がするりと抜けていった。

「冗談だってば、そんな怖い顔するなよ」

 あの眼光に射すくめられても軽口を叩けるなんて、気心知れた仲間だからなのか単に倉掛が大物なのか。

 すでに無視を決めこんでいる本條兄弟はパソコンから目を離さない。
 タイピングの音がめちゃくちゃ早い。
 画面を見たままあんなに打てるなんて、どういう指をしているんだ。


   ◇



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あきゅろす。
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