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ブルー・デュール
桜 常 編

120

 おれは全力で鳴瀬から離れようとしたが、暴れれば暴れるほど引き寄せられ、
最後にはすっぽり腕の中にはまってしまった。

「離せよ馬鹿!」
「いやだね。そんなかわいいこと言う奴離しません」
「おっ……」

 爆発しかけたが、なんとか押しとどまった。
 ここで騒動を起こしたら、全校生徒の注目を浴びてしまう。

「俺が客相手ににこにこしてたのが気に入らなかったのかよ。かわいすぎるだろそれ」
「人を馬鹿にして……」
「してねえって。心配すんなよ。俺はお前のものだからさ」

 なにも言葉が出なかった。

 鳴瀬はおれを痛いほど抱きしめて、耳に唇をつけて低い声で囁いた。

「好きだよ。りゅう」

 息をすることさえ、忘れていた。

「俺にはお前だけだ。誰にも渡さない」

 嬉しさと恥ずかしさで頭がいっぱいになり、溺れそうになった。

 だめだ、泣きそうだ。

「えー、フィナーレはいかがだったでしょうか! 遅くまでおつき合いいただき、ありがとうございました!」

 スピーカーから司会の声がして、花火が終わったことがわかった。
 おれはしゃがんで鳴瀬の腕の中から脱出し、目頭を押さえた。

「これにて後夜祭を終了します――と言いたいところですが。
ここで新聞部から皆さんにちょっとしたお知らせがあります。別にたいしたことじゃないんで。
ほんと些細なことなんですけど」

 暗がりの中で生徒たちが何事かとざわついている。
 予定では、フィナーレですべて終わりだったと思うのだが。

 グラウンドをいくつもの影が縦横無尽に走りまわっている。
 生徒になにかを渡してまわっているようだ。

「ぎゃああああ!」

 突然闇を切り裂く悲鳴が聞こえた。
 なんだ、火事か、辻斬りか、幽霊か?

「なんじゃこりゃあああ!」

 悲鳴はどんどん伝染していき、グラウンドがパニックに陥り始めている。

「え、なに? どういうこと?」

 振り返った先に鳴瀬はいなかった。
 鳴瀬はいつの間にか移動して、舞台の端にいた文化祭実行委員の手から一枚の紙をひったくり、
じっと見下ろしている。
 そんな暗いところで、目を悪くするぞ。

 鳴瀬のところに行こうとすると、向こうからやってきて、見ていた紙を差し出された。

「なにこれ?」
「いいから、見ろ」

 それは新聞の切り抜きを拡大したような白黒のビラだった。
 見出し文字は暗い中でもはっきり読めるほど、でかでかと白抜きで印刷されている。

 曰く「鳴瀬凌士と戸上りゅう、裏庭でキス」

「キ……?」

 その下に、おれと鳴瀬がキスしている写真が載っていた。
 どう見ても、昨日裏庭でかき氷を食べていたときのものだ。

「う、うそだろおい!? あそこには誰もいなかったじゃねえか!」
「室内からこっそり撮られたらしいな。……やられた」

 確かに頭上から撮られている。
 プロの仕業なのか上手いアングルで、きちんとおれと鳴瀬の顔が見えるように計算されている。

「さて! これについておふたりから一言いただきたいと思うのですが!」

 司会の言葉とともにスポットライトの明かりが降ってきた。
 あまりのことに根が生えたように突っ立っているおれのもとに、司会がマイクを持って颯爽とやってくる。

「さあ一言!」

 ずいっと口元にマイクを突きつけられ、慌てて逃げようと踵を返したが、
鳴瀬に猫でも捕まえるように首根っこをつかまれて引き戻された。
 鳴瀬は司会からマイクを奪い取り、見せつけるようにおれの肩に腕をまわした。

「うまいことやりやがったな。ったく」

 口調はぞんざいだが、とげとげしさは微塵もない。

「俺も生徒会長を引退するころになった。これからは次の生徒会にがんばってもらおうと思う。
だから、そろそろ好きにさせてくれ」

 グラウンドはしんと静まり返り、鳴瀬の一言一句に聞き入っている。

「文句があるなら俺に言え。こいつは今から俺のものだ」

 鳴瀬はマイクを後ろに放り投げ、おれの顎をつかむと制止する間もなく口づけた。

 全校生徒の悲鳴の大合唱でグラウンドが揺れた。


   ◇



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