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ブルー・デュール
桜 常 編

12

 おれが生徒会補佐として会計報告書を受け取りに来たと言うと、ソフトテニス部のマネージャーと部長は
新種の生き物でも見つけたようにおれを凝視した。

「え? なにそれ、いつから?」
「……昨日です」
「なんで君が!? 君委員会入ってるの?」

 マネージャーはあからさまにおれを睨みつけてくる。
 どうやら信者のひとりらしい。
 おれが委員会には入っていないと言うと、怒りに震え始めた。

「そんなこと許されないっ! 俺がなんのために苦労してクラス委員になったと思ってんだ!
俺たちを差し置いてふざけんなよ!」
「まあまあ、とりあえず報告書渡さなきゃ……はいこれ。遅くなってすまなかった」

 部長から紙を受け取ると、おれは確認もせず逃げるようにテニスコートをあとにした。
 どうしてこんな自分の首を絞めるようなことをさせられなければならないんだ。
 進んで敵を増やしているようなものじゃないか。

 次にバスケ部が練習している第一体育館に行った。
 おれが部長に話すのを休憩中の部員たちが熱心に聞いている。
 誰もが口をあんぐり開けている中、慶多だけドリンクをくわえたまま口はしを痙攣させて笑いをこらえていた。
 あとで見てろ。

 そのあともいくつか部活をめぐったが、どこも針のむしろだった。
 すべての報告書を受け取るころには精神的に疲れ果てていた。
 早く部屋に帰りたい。

 体育教官指導室を過ぎたあたりでおれは立ち止まった。
 生徒会室へはここからどうやって行けばいいんだっけ。
 校舎が広い上に生徒会室は増築された別棟にあるので、場所がうまく把握できない。
 生徒会室は今日初めて行ったし、今いる教師のエリアにも滅多に来たことがない。

 そんなときにかぎって、生徒会長に出くわしてしまうのはなぜなんだろう。

 突然ドアを開けて現れた鳴瀬は、まっすぐおれのほうに歩いてきた。
 廊下の真ん中で立ちつくしている生徒がいれば気になって当然だろう。
 それが任命したての雑用係ならなおのことだ。

「こんなところでなにしてんだ?」
「会計報告書を回収してまわってたんですよ。おれ生徒会補佐なんで。
会長が決めたことだと思ってたんですけど?」
「ああ、そうだったな」

 しらじらしく肩を上げた鳴瀬は、おれの手から報告書を取ってその場で確かめ始めた。

「全部集まったみたいだな。ご苦労さん。湊に渡しといてくれ」

 鳴瀬は自分の背の高さを誇示するように、おれの頭に紙束をぽんと置いた。

「帰るところだったのか? 俺も戻るから一緒に行くか」

 きびすを返そうとした鳴瀬の姿に、おれは既視感を覚えた。
 背が高く均整のとれた体。
 足を動かすたったそれだけの動作にも無駄がない。
 しなやかで油断のない獣のようだ。

「なんだよ」

 不審そうに問われてやっと我に返った。
 鳴瀬から目を離せずにいたらしい。
 鳴瀬はおれの顔を覗きこむと手を差し出してきた。

「手でも引いてほしいのか?」
「そんなわけあるかっ」

 子供扱いされて思わず怒鳴ってしまった。
 鳴瀬を置いて早足で歩きだす。
 こんなふざけた奴と一緒にいるところを見られて、余計な噂を流されたらたまったもんじゃない。

「おい、どこ行くんだ。生徒会室はこっちだぞ」

 しまった、やっちまった。

 鳴瀬はすごすごと引き返してくるおれを見て苦笑をもらした。

「なにひとりで馬鹿みたいに突っ立ってるんだと思ってたが、迷子だったのか。しょうがないな」
「違います。トイレ寄ってくか迷ってたんです」
「トイレもこっちだぞ」
「……生徒会室なんて行ったことなかったんだから、しょうがないじゃないですか」
「やっぱり手を引いてやったほうがよさそうだな」
「遠慮します」

 鳴瀬の唇が綺麗な弧を描いた。
 シニカルな笑いではなく、普通に笑うとずいぶん印象が柔らかくなる。

 おれはおとなしく鳴瀬の一歩後ろをついていった。



 二章

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