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ブルー・デュール
桜 常 編

114

「待て待て。わかった、今日は吸わない。そのかわりにそれ食わしてくれんだろ?」

 鳴瀬は体ごとおれのほうを向いた。
 笑いを必死にこらえるように口端がひくついているのに、目だけは獣のように光っている。
 なんでおれは、ただでさえ高飛車なこいつを増長させるようなことをしてしまったんだ。

「今のはフェイント」
「いや俺はちゃんと見たぞ。もう一回しろよ。あーんって」
「しません! もうしない!」
「早く。ただの甘い水になっちまうぞ」

 鳴瀬はおれの腰に両腕をまわして逃げられないようにした。
 おれはかき氷を持ったまま、どうすることもできずに少しのあいだ鳴瀬と見つめ合った。

「わ、わかったよ。今日だけだからな! もうしないからな!」
「はいはい。ほら早く」

 子供のように期待した目で催促されて、優しいおれは仕方なく折れてやった。
 しぶしぶかき氷をすくって鳴瀬に突きだした。
 鳴瀬は甘いものがそんなに好きではなかった気がするが、さもおいしそうに氷を咀嚼した。

「久しぶりに食ったな」
「かき氷を?」
「それもそうだし、アイス系全般」
「ええっ? この夏アイス食べなかったのか?」
「最初のころはそれどころじゃなかったしな。あとは仕事だのなんだので忙しかったし」
「あー……そうだったかな……」
「ほら、早く食わせろ」
「まだ食べるのかよ」
「お前が食わせてやるって言ったんだろ」

 人が下手に出ればどこまでもつけ上がる。
 だが甘えてくる鳴瀬もたまには悪くない。
 おれは何度も鳴瀬にかき氷を食べさせてやった。
 おれがストローで青い氷をすくうたび、鳴瀬は律儀に口を開いた。

「おしまい」
「もう終わりか?」
「あとはこんなんしか残ってないよ」

 紙コップの底に溜まった青い液体に、細かい氷の粒が浮いている。
 鳴瀬はその鮮やかすぎるブルーを見て眉根を寄せた。

「すっげえ色だな。こうやって見ると」
「まあ砂糖と着色料食べてるようなもんだからな」

 おれは半分水に溶けたシロップを飲み下した。
 紙コップをつぶしてビニール袋に投げこみ、ふと思いついて舌を出してみた。

「どうなってる?」
「うっわ、真っ青。人間の舌じゃねえ」
「たぶん鳴瀬もおんなじようなもんだよ」
「そうかもな」

 鳴瀬は笑っておれの後頭部に手を置いた。
 舌を見せてくれるのかと思ったが、鳴瀬は身を乗り出して顔を近づけてきた。
 おれのデリケートな心臓が喉元あたりまで飛び上がった。

 唇が触れる前に、おれはそっと目を閉じた。


   ◇



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