[携帯モード] [URL送信]

ブルー・デュール
桜 常 編

112

 おれが一心に食べているのを、鳴瀬は頬杖をついてのんびり眺めていた。
 頼んだホットサンドに手をつけようともしない。

「なんだよ。食べないのか?」

 食べるところを見られるのはあまり好きではない。

「いや。うまそうに食うなあと思ってさ。そんなに腹減ってたのか」
「誰かのせいで精神的にめちゃくちゃ疲れたからな」
「なんだよ。俺が行かねえとお前すぐどっか行っちまうだろ。少しは素直になれよな」
「言ってろ」

 おれはふんと鼻を鳴らし、最後のひとくちを口に放りこんだ。

「おい、食べないのかよ。冷める」
「食いたいのか?」
「……別に」
「いいよ。やる」

 鳴瀬は自分の皿をこちらに押しやってきた。

「いいのか?」
「遠慮すんなよ。温かいうちに食え」
「……そこまで言うならもらってやる」

 おれは二つ目のホットサンドもたいらげた。
 鳴瀬がなぜだかとても楽しそうにしているので、おれもつられていい気分になってきた。
 腹が満たされると人はがらりと変わるものだ。
 逆に満足に食べていないと、どんどん荒んで悪いことしか考えられなくなってしまう。

 しばらくおれたちはカフェテリアで気楽に喋っていた。
 たいした話題ではない。
 授業のことや、寮のコンビニの新商品のことや、冬布団にするのはいつごろかなど。

「冬になるとコンビニのアイス品数減るのか? こたつでアイス食うのが冬の醍醐味だろ? わかってねえのー」
「一応学校だからな。生徒が贅沢にならないように工夫してんだよいろいろと」
「贅沢って。ここの生徒金持ちばっかりじゃん」
「それはそうだけど。新と湊の価値観はときどき恐ろしくなるよな」
「はは、同感。とりあえずどんな店入っても値段見ねえよな。衝動買いか大人買いしかしないし。習慣ってこえー」

 笑って相槌を打ったあと、はっと我に返り咳払いをしてごまかした。

 なにをのんきに笑っているんだおれは。
 こんなの、まるでデートみたいじゃないか。
 一緒にお茶して談笑して。

 ちらりと見上げた鳴瀬は、いつになく晴れやかな顔をしていた。
 生徒会室での厳めしさは欠片も見当たらない。
 生徒会長の重圧から逃れて一休みしているといったところか。

 こんなに和やかな鳴瀬は初めてだ。
 ついでに言えば、これほどまでに平和なひとときも。

 もしかして、おれと一緒にいるから鳴瀬はこんなに穏やかな顔をしているのだろうか。
 そう考えて勝手に顔が紅潮していく自分が憎らしい。

 おれは鳴瀬がいるからと言って、それほど穏やかな気分にはなれない。
 慶多や峻といるときのほうがよく笑うし、どんな馬鹿な話もできて気が楽だ。
 鳴瀬といると妙に落ち着かないし、ひとりでいるときのほうがよっぽど落ち着く。

 これがどういうことなのか、自分でもうまく説明できない。
 楽しいけれど楽しくないような。
 ずっと一緒にいたいような、いたくないような。


   ◇



*<|>#

4/18ページ

[戻る]


第3回BLove小説漫画コンテスト開催中
無料HPエムペ!