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ブルー・デュール
桜 常 編

110

 歓声が聞こえて何事かと入り口を見ると、やはり生徒会のご一行様だった。

「来たな……」
「そんな警戒すんなよ。しっぽ立ってるぞ」

 慶多が言った。
 作り物のしっぽが立つわけないだろうが。

 鳴瀬と倉掛は同時におれのほうを向いた。
 人だらけとはいえ、この格好で目立たないはずがない。

「りゅうー!」

 倉掛が目をきらきらさせて両腕を突き出して近づいてきた。
 人前なので下手な真似ができず、おれは倉掛に痛いほど抱きしめられてしまった。

「あーなんだこのかわいい生きもの! くうー癒されるー」

 慶多はにやにやしているが、客たちは総じて口をぽかんと開けてこちらを見ている。
 まずい。
 非常にまずい。

「ちょっと、離してくださいよっ! ……てめえのゲームぶち壊すぞ」

 倉掛にしか聞こえないくらいの声量で一言つけ加えると、拘束が緩んだ。
 倉掛は少し体を離して改めておれを眺め、口元をゆるませた。

「それは困るな。あーでもかわいい……頭からがぶっと行きたいにゃー」
「やめてください。客じゃないなら帰ってください」

 おれは倉掛の腹を思いきり押して離れさせた。
 倉掛は教室を見渡して言った。

「ところでここなに屋?」
「見てわかりませんか。喫茶店ですよ。今満席なんでまた出直してきてください」

 おれのシフトじゃないときに。

 視界の端で、顔を赤くした四人のグループが席を立った。

「あのっ! 俺たちもう食べ終わったので、この席使ってください!」

 そんな気を使う必要はない! と叫びたいが、そうもいかない。

「ありがとう」
「じゃあ遠慮なく」

 新と湊が空いた席に腰を下ろした。
 ふたりはもうブレザーを着こんでいる。
 おれはふたりにメニューを渡した。

「ありがとうりゅう君」
「いえ。新さん、もう全快ですか?」

 新はメニューを開きながら花のように笑った。

「ああ。心配かけてごめんね」
「そんなことないですよ。元気になってよかった」

 新の腹部の傷は結構深く、夏休み中はずっと会えなかった。
 学校に復帰してからも消化のいいものしか食べていなかったが、もう甘いものも解禁になったようだ。

「じゃー僕ロイヤルミルクティーとチョコケーキ」
「僕はアップルティーとハロウィンタルト」
「はい」

 注文票にさっと書きこんで裏方に行こうとすると、背後から二本の腕が絡みついてきた。

「なんだ、この店はここでしか食えないのか」

 耳の裏に鳴瀬の息が当たる。
 痛い。
 鳴瀬の腕が、ではなく、教室じゅうの視線が痛い。

「馬鹿っ、離れろよっ」

 小声で文句を言っても、鳴瀬はおれをぬいぐるみかなにかのように抱きしめたまま平然としている。
 この野郎、周囲がどんな目でおれたちを見ているのかわからないのか。

「すみません、生菓子を扱ってるので」

 唯一硬直していない慶多が申し訳なさそうに頭を下げた。

「ふうん。せっかくテイクアウトしようと思って来たのにな」
「え?」

 言いながら顎をつかまれ上を向かされた。
 鳴瀬のけだるげな目とさかさまに視線が合う。
 その言いかただと、ものすごく誤解を招きそうな予感がする。

 居合わせた生徒たちが一斉に顔を真っ赤にした。
 やっぱり。

 お茶の入ったカップを倒す客が数名。
 携帯電話を取り出した者が半数。
 久河は白目をむいて倒れた。

「てめえ、おれをテイクアウトするみたいな言いかたはやめろ!」
「そういう意味だけど」

 人口密度の高い教室に、泣き叫ぶような悲鳴がこだました。


   ◇



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