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ブルー・デュール
桜 常 編

108

 今度は鳴瀬から仕掛けてきた。
 鳴瀬は丸腰だが、ナイフを持っているからといって優位に立てるような奴ではない。
 鳴瀬は腕も足も長いので、むしろリーチは負けている。

 おれはナイフを逆手に持ち、いつものようにパンチを繰り出した。
 刃物に頼るとかえって本気が出せなくなる。
 慣れた喧嘩の仕方が一番だ。

「りゅう、遠慮するなって。殺しちゃっても平気だって言ったろ」
「てめえ!」

 さらりと言ってのけた友崇を、倉掛が怒鳴りつけた。

「それが本性かよ! このクソ教師!」

 友崇は倉掛の暴言を軽く受け流した。

 鳴瀬は無表情だが、腹の中が煮えくりかえっていることは想像に難くない。
 おれが殴りかかるたびに、ふらりふらりと後ろへ下がっていく。
 鳴瀬の蹴りを避けきれずに左腕で受け止めてこらえると、その隙に林のほうへ走っていった。

 ここはおれが幼少時代を育った場所であると同時に、鳴瀬と倉掛も幼いころ何年か暮らした場所だ。
 このあたりの地理には詳しいのかもしれない。

 おれは鳴瀬を追って走った。
 ちらりと背後を覗くと、倉掛と友崇が面を突き合わせてなにか話している。
 木田川はどさくさにまぎれて逃げてしまい、影も形もなかった。

 鳴瀬は半壊したブロック塀の向こうへ消えた。
 塀の向こうは鮮やかな緑の世界だ。
 木々が乱立して視界は狭く、隠れんぼにはうってつけだ。
 あそこに逃げられては追う側が不利になる。

 急いでおれもブロック塀を越えた。

 鳴瀬に隠れるつもりは毛頭なかったことが、すぐにわかった。
 遠くばかりに目を向けていたおれは、突然脇から伸びてきた手に両手首をつかまれた。
 鳴瀬はブロック塀の影に隠れていたのだ。

 鳴瀬はおれの右手を塀にぶつけ、ナイフを落とさせた。
 純粋な力で鳴瀬に敵わないことは、はなからわかっている。
 鳴瀬はおれの手首をつかんだまま引き寄せた。

 頭突きでも食らわされるのかと思ったが、唇に柔らかい感触を感じて息が止まった。

「んっ……!?」

 視界いっぱいに鳴瀬の端正な顔がある。
 鳴瀬はおれの口に舌を突っこみ、口を大きく開けさせた。

 なにか固くて丸いものが口移しで送りこまれた。
 舌で喉奥まで押しやられ、無理やり飲みこまされた。
 食道を通過していく感覚で、なにを飲まされたのかわかった。

 あの、青い薬だ。

「ん、はあ……」

 薬が体に染みこむまで、おれは鳴瀬の鎖骨に頭を押しあてて耐えていた。

 次第に息が楽になり、体の力が一気に抜けた。
 鳴瀬は倒れかけたおれの背中に腕をまわして支えてくれた。
 そうっと見上げると、鳴瀬は悪戯っぽく笑った。

「悪いな。お前が寝てるとき、ひとつ拝借しておいた」

 おれの部屋に居座っていたときのことか。
 なんて手癖の悪い奴だ。

 鳴瀬は何事もなかったかのように笑っている。
 おれが刃を向けたことなんて、気にも留めていないという顔だ。
 おれも笑いたくなった。
 だが目からは涙があふれた。

 おれは顔をくしゃくしゃにして、泣きながら笑った。
 どうしてこの男はこうなのだろう。

 不遜で、高慢で、強引で。

 必ずおれのことを助けてくれて。



 終章

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