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ブルー・デュール
桜 常 編



 その小さな店は、商店街の一角に忘れられたようにたたずんでいた。
 人々は両脇のショーウインドウは見てもその店には目もくれない。
 まるで存在していないかのようだ。

 そこは個人経営のシルバー専門店だ。
 小さな木の扉を押しておれは中に入った。
 店内は大人五人が入ればいっぱいになりそうな狭さで、
壁にはシルバーアクセサリーがところ狭しと並んでいる。
 カウンターの奥では三十路くらいの店主が珍しそうにおれを見つめていた。
 五分刈りの頭にはカットされたラインが入り、眉毛の濃いワイルドな兄ちゃんだ。

「あのー、ここでブラッドニックのアクセが売ってるって知人に聞いたんですけど」

 おれは相棒に言われた通りの台詞を言った。
 実際はそんなブランド知らなかったが、言ったとたん店主の顔色が変わった。

「……どこで聞いたんだ?」
「シエナカラーってピザ屋で」
「へえ、そうか」

 店主が口端を歪めて笑うと、下唇についたピアスが鈍く光った。

 店主はカウンターから出てきて、扉にかかったオープンの札をクローズに裏返した。
 窓にカーテンを引くと、夕焼けの光がさえぎられて急に暗くなった。

「こっちにどうぞ、お客さん」

 店主はカウンターの裏におれを案内した。
 書類や怪しげな物体などが狭い通路の両脇の棚に並んでいる。
 それらをひっくり返さないよう細心の注意を払う必要があった。
 店主はおれの後ろからついてくる。

「あんたみたいな若い奴が珍しいな。何歳?」
「こないだで、十六になった」
「高一か。楽しい盛りだな、うらやましいぜ。うんと馬鹿になって騒ぐのが仕事だもんなあ」
「そうかもな」

 おれは恐らくこの店主の想像とはまるきり違う高校生活を送っている。
 おれの高校は全寮制の男子校で隔離された場所にあるし、普通とは言い難い日常に身を置いている。
 馬鹿みたいにはしゃいで暮らせたらどんなに良いかと思ったことは何度もある。

「そこを奥だ」

 店主がおれの脇から手を伸ばして指示した。
 ずいぶん奥まで連れて行かれるようだ。

「高校生なんていい気なもんだよな。親が面倒見てくれるし、心配ごとは退学か留年くらいなもんだろ。
怖いもの知らずであっちこっち首つっこんで」

 あいにくだがおれに両親はいない。
 店主はまるで高校生に恨みでもあるような声色だ。
 おれは黙って先を急いだ。

「だけどなあ、世の中そう甘くないんだぜ。いつでも綱渡りだ。ちょっと道を踏み外せば――」

 突然太い腕がおれの上半身に巻きついた。
 鼻と口を湿った布で覆われ、身動きがとれない。

「んんっ!? んー!」
「――あっという間に、まっさかさまだ」

 布に染みこんだつんと鼻にくる匂いを嗅ぐうちに、意識が遠ざかっていく。
 店主の小馬鹿にしたような低い声がわからなくなっていく。

 おれの意識はそこで途絶えた。


   ◇



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