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サビイロ契約

96

 しばらくすると、ゲートの奥からハンターとはまた違った装いの男たちが何人も現れた。
 柄シャツを着ていたりスーツ姿だったり様々だが、おのおのの手には拳銃が握られている。
 彼らが青年とバイラに拳銃を向けると、ハンターたちは警戒しつつ身を引いた。

 スーツを着た一人の男が、拳銃を構える男たちの一歩前に出てきた。
 バイラを従える青年は彼と向き合い、なにやら会話をしている。

「今話しているのが私です。彼は私に用事があったので」
「なに喋ってんだ……?」
「詳しいことは覚えていません。こちらも必死だったので。彼は藤里が私に取られたと思いこみ、私を消しに来たんです。
あのときは本気で死ぬかと思いました」

 画面の中の五十井が後ろ向きに下がっていくと、男たちが一斉に発砲した。
 三体のバイラは青年を守るように前に飛びだし、銃弾に怯むことなく手当たりしだい男たちに食らいついた。
 カマキリ型バイラに肩に噛みつかれた男は床に引き倒され、肩口の肉をごっそりえぐられてのたうちまわった。
 男の上にのしかかった巨大な黒いカマキリは、食いちぎった肉を大きな顎で咀嚼している。

 何人かは向かってきた猿のようなバイラを撃ち殺そうとしているが、バイラはすばしっこくなかなか致命傷を負わせられない。
 乱戦状態になり誤って味方を撃ってしまう者もいた。

 ハンターたちはバイラの隙をつき、ボウガンやナイフで青年に狙いを定めた。
 気づいた青年は静かに後ろに下がりながら、自分の前に盾とするようにバイラを呼び出した。
 今度現れたのは四体のトカゲの形をしたバイラだった。
 四体とも後ろ足と太い尻尾で立ち上がり、威嚇しながらハンターたちに襲いかかった。

 ハンターたちはさすがに手慣れたもので、一人がボウガンでトカゲの首筋を撃つと、一人が走り寄って腹部に刃渡り三十センチほどのナイフを刺した。
 だが四体を退治する前にまたしても青年がバイラを呼び出し、きりがない。

 次第に男たちは疲労していき、陣形が崩れてきた。
 孤立するとすぐさまバイラがやってきて、獲物の四肢を押さえて生きたまま食いちぎった。
 綺麗だったフロアの床が血と肉と内臓の破片に汚れていく。

 辰元は血の匂いを嗅いだ気がして鼻と口を押さえた。
 阿鼻叫喚の地獄絵図だった。
 映像に音声がないのがせめてもの救いだった。

 青年はほとんど動かなかった。
 たまに隙を見せた男の後ろ首を殴りつけ、動けなくなったところをバイラに食わせたりしている。
 血を浴びるのが嫌なのか、自分で殺そうとはせず全てバイラに任せている。

 悪夢としか言いようのない惨殺劇はしばらく続き、その間座敷の誰も口を開かなかった。
 生きている者が減っていき、最後に立っているのは青年だけとなった。
 青年がさっと手を振ると、食事中だったバイラたちは姿を消した。
 殺されてしまったバイラは消えず、不気味な死骸が残された。

 青年は血だまりを踏みつけ、ゲートを越えて姿を消した。
 そこで一瞬映像が乱れ、元通りになったと思うと青年がすぐに戻ってきた。
 青年が姿を消していた部分は編集されているようだ。

 青年を追って歩いてきた者がいた。
 全身を覆う大きな白い布を体に巻き付けている小柄な影だ。

「藤里です」

 五十井が言った。
 言われずとも辰元には察しがついていた。
 珂月は青年の後をついてやってきたが、ホールの惨状を目の当たりにして足がすくんだようだった。

 死体の山を避けて歩いていく青年は珂月がついてこないことに気がつき、振り返って呼んでいる。
 しかし珂月は血だまりに足を踏み入れる決心がつかないらしく、ゲートのそばを離れない。
 青年は呼び寄せるのを諦めて珂月のところへ戻り、大事そうに両腕で抱きかかえて画面の奥へと消えていった。

 映像はそこで終わっていた。
 笠木はテレビの電源を切り、デッキを片づけ始めた。

 辰元はなにも言うことができなかった。
 混乱して考えがまとまらない。
 バイラに食われていく男たちの映像が何度も何度も頭の中で再生される。
 胃の中に石を詰めこまれたかのように重苦しい気分だった。

 五十井は茫然とする辰元をじっと見ていたが、深く息を吸いこむと再び話しだした。

「これでよくおわかりになったと思います。あの青年はダラザレオスなんです。
私はあの場にいましたが、部下が身を呈して逃がしてくれたので難を逃れることができました。
しかしたくさんの命が失われてしまいました。とんでもない損害でした」
「だけど……だけど」

 辰元は言いたいことが山のようにあったが、まともに言葉にならなかった。
 額をぴしゃりと叩いて無理やり落ち着きを取り戻す。

「信じられない……ずっと町を守ってきた藤里が、まさか……ダラザレオスの仲間なんて……」
「辰元さん、お気持ちはわかります。でもこれは事実なんです。このあと、藤里は東京を離れてこの町にやってきました。
いつ同じことが起こるかわかりません。この町の方々すべてが危ないんです」

 五十井の言葉はろくに辰元の頭に入っていかなかった。
 辰元は両目を手の平で覆い、がっくりとうなだれた。

「辰元、お前は藤里と仲が良かったから、信じたくないんだろ」

 辰元の向かいに座っていた男が言った。
 辰元の隣の家に住む昔馴染みで、家族ぐるみで仲が良い男だ。

「だけどな、確かにあの二人組は変だったよ」

 男は身を乗り出して言った。

「俺、うちの二階からあの二人が歩いてるとこ見たことあるんだよ。袋下げて買いもの帰りみてえだった。
藤里は話したこともあるけど連れの奴は滅多に見ねえから、ちょっと気になって見てたんだ。
そしたらあの二人、俺にもわかる言葉で普通に喋ってんだよ。あの連れは外人だから日本語通じねえって聞いてたのに。
なんだよ喋れんじゃねえかって不思議に思ってた」


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