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サビイロ契約

95

 信じようとしない辰元を、五十井は憐れみのこもった目つきで見やって言った。

「藤里だけじゃなく、あなたもダラザレオスに会っていますよ?」
「はっ?」

 辰元は体をのけぞらせてすっとんきょうな声をあげた。
 そんなことはないと否定しようとしたが、一つの仮定が浮かび上がってきて、言葉が喉に張りついた。
 辰元の顔から血の気が引いていく。

「ダラザレオスって……あの、藤里の連れのことを言ってるんじゃないですよね……」

 五十井はぴんと伸ばしていた背中を少し丸めて、ため息を落とした。
 その仕草だけで辰元は五十井の言いたいことを理解した。

「残念ですが、その通りです」
「馬鹿な……あの青年は、我々を助けてくれたんですよ! 藤里と一緒に何度もバイラを退散させてくれました!
確かに彼は日本人には見えないし綺麗な顔してるが、黒髪じゃないですか?
ダラザレオスは皆銀髪だって、世界狩りに行った連中は口をそろえて言ってます。
特徴が合わねえ。ただ強いってだけでダラザレオスだと決めつけるのはどうなんでしょう!」

 辰元は鼻の穴をふくらませて叩きつけるように言い放った。
 町を救ってくれた恩人をダラザレオス呼ばわりされては腹にすえかねる。
 しかし五十井はどこ吹く風で、辰元から顔をそらしテレビのほうを向いて言った。

「笠木、準備は?」
「できてます」

 テレビの前に座っていた笠木は待ち構えていたように返事をした。
 笠木の前には黒い直方体の録画機が置かれている。
 配線はテレビの裏に繋がっているようだ。
 どうやら五十井たちは映像を持ちこんできたらしい。

「辰元さん、これを見てください。ちょっとショックかもしれませんが……」

 五十井はそう言って体ごとテレビに向き合った。
 辰元は生唾を飲みこんで大きなテレビ画面を見つめた。
 絶対にろくでもないものだとわかっていながら、見ずにはいられない。
 集まった顔役たちは縁側を見つめたり下を向いたりして、テレビから目をそむけた。

 笠木がリモコンを操作すると、テレビ画面に映像が映し出された。
 きめの荒い白黒の動画だった。
 音声はない。
 映っているのは広くて綺麗な建物の内部だった。
 だだっ広いフロアの奥にソファーセットがいくつか見える。
 手前には都会の駅の自動改札のようなゲートがあり、その脇でスーツの男がパイプ椅子に座って退屈そうにしている。
 ゲートを挟んだ向こう側には二人の大柄な男が座っていて、こちらも退屈そうに体を揺らしている。

「これはシンク・ベル本社ビルのエントランスホールです。右の奥が入り口。
手前にあるゲートを越えたこちら側がエレベーターホールです。この映像は監視カメラのものです」

 五十井が説明した。

 固定された映像はほとんど動かなかった。
 わずかにゲートの脇にいる男が足をぶらつかせているのがわかる。

 右奥から一人の男がやってきて、状況が動いた。
 すらりと背が高い黒髪の男の姿には見覚えがある。

「わかりますか? ちょっと見づらいかもしれませんが」

 五十井が言った。
 男はまっすぐゲートにやってくる。

「今やってきたのが例の藤里の連れです」

 この映像では顔まではわからないが、立ち姿や雰囲気が珂月の側にいたあの青年とよく似ていた。

 青年はゲートを飛び越え、スーツの男につかみかかった。
 見咎めた二人の男たち――恐らく警備係のハンターだろう――が青年の後ろから忍び寄っていく。
 青年の肩に一人が手を伸ばすと、青年は見えていたかのようにスーツの男を離して振り返った。
 青年はあっという間に二人の男を殴り飛ばした。

 男たちは画面の中を豪快に吹っ飛んで床に倒れたが、すぐに起き上がると今度は武器を取り出して青年に詰め寄った。
 しかし今度もまた素手で応戦され、攻撃一つできないまま吹き飛ばされた。
 その戦い方は、確かにあの青年のものと一致している。

 スーツの男が応援を呼んだらしく、手前のエレベーターホールのあるほうからハンターがわらわらと出てきた。
 辰元が見たこともないような武器を手に、青年を囲んでいく。
 青年はハンターたちになにか言っているようだ。
 包囲網は徐々に狭まり、青年は追いつめられていく。

 そこに突如として巨大な影が現れた。
 辰元はうわっと声をあげた。
 辰元の身長の二倍はあるであろうカマキリの化け物が一体と、それよりは小柄だが車ほどの大きさの猿の化け物が二体。
 バイラだった。

 三体のバイラは青年の背後に前ぶれもなく現れた。
 ハンターたちは慌てて後退してバイラから距離を取る。
 青年は動かないが、バイラが青年を襲う気配はない。

「そんな、まさか……嘘だろ……」
「ダラザレオスは自分のいるところに瞬時に自分のバイラを呼ぶことが可能です。
まあ、普通はバイラだけ空からやってきますから、ご存じなくても無理はありませんが」

 五十井はまるでスポーツの実況をしているかのように言った。

 エントランスは膠着状態だった。
 ハンターたちはうかつに手を出せず警戒するばかりで、青年もなにもしようとしない。
 辰元は手に汗にかいていた。


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