[携帯モード] [URL送信]

サビイロ契約

94

「私は五十井脩吾と申します。こちらは部下の笠木宗史です」
「初めまして」

 名前を言う際に手の平を自分と隣の男に向けて、男は自己紹介をした。
 深々とお辞儀をした笠木と言う男は、四角い眼鏡をかけていて几帳面そうな顔をしていた。
 年のころは五十井と同じか、もう少し若いだろうか。

「我々は辰元さんと同じハンターです。東京でシンク・ベルというハンター組織を運営しています」
「シンク・ベル……ですか」

 辰元は無意識のうちに復唱した。
 この町を滅多に出ることのない辰元だが、風の噂で聞いたことのある名だった。
 東京にそれはそれは強いハンター組織があるという話だ。

「皆さんにご参集いただいたのは我々です。こんな朝から申し訳ないのですが、一刻を争う重要なお話がありますので」

 五十井はそう言って笠木に目配せをした。
 笠木は黙って頷き、五十井の後ろを通ってテレビの前に座りなにやらいじりだした。

「辰元さん、どうぞお座りください」
「はあ、失礼します」

 辰元は一周りは年下であろう五十井の貫禄に気圧されていた。
 物腰の柔らかな紳士のようだが、どうにも裏のありそうな目つきをしている。
 勉強はろくにできない辰元だが、動物的感性は人一倍持っていた。

 辰元は町長の斜め横にあぐらをかいて座った。
 五十井は座布団の上に正座をした。
 よく見れば座布団に座っているのは五十井だけだ。
 町長ですら畳に直に座っている。

「辰元さん、どうか落ち着いて聞いてください。もう皆さんにはお話してありますが、皆さんなかなか受け入れがたいご様子らしくて」

 辰元は改めて座敷を見渡した。
 誰もかれも死人のような顔だ。

「……一体、どんなお話なんですか?」
「この町に少し前に越してきた者についてです。ご存じですよね?」
「藤里のことですか?」

 辰元はすぐに答えた。
 ほかによそからやってきた者はいない。

「そうです。藤里珂月と、連れの青年の二人のことです。藤里は元々シンク・ベルに所属していたハンターでした。
私の側で、何カ月か働いてもらいました。よく働く子でした。言ったことはきちんとこなす飲みこみの早い真面目な子で……初めはよかったんです。
特に変にも思いませんでした」

 辰元は頷いて相槌を打った。

「でも、だんだん奇妙に思えてきたんです。藤里の戦いぶりを見ると、技量が優れているわけではない。
華奢だから力が強いはずもないのに、なぜかどんなバイラと対峙しても傷一つ負わない。
百戦錬磨のうちのハンターの連中ですら、軽傷は茶飯事なのにですよ。なにか秘策のようなものを隠し持っているのではないかと私は睨みました。
藤里にそれとなくたずねてみましたが、うまくかわされてしまいましたけれど」

 言われてみれば、確かに珂月がバイラとの戦闘で怪我を負うのを辰元は見たことがなかった。

「ところで辰元さん、かづ……藤里の連れを見たことがありますか?」
「はあ、何度かあります」
「どんな人でした? わかる範囲で結構ですので」

 辰元は無精ひげに手を当てて考えこんだ。

「戦闘のときしか見たことないし、話したこともないですが……初めて見たときから綺麗な兄ちゃんだなと思ってましたよ。
モデルみたいに背が高くて、日本人離れしてるような。あー、そういやあ藤里が外国から来た友人だって言ってましたっけ。
言葉が通じないからあんまり外にも出たがらないとか……」
「戦闘はどうでした?」
「めっぽうに強かったですよ。なにしろ素手でしたから。それでもバイラをあっという間に蹴散らして、台風の目みたいな奴でした。
何度も助けられましたねえ。礼を言う機会はなかったですが」
「そうですか」

 五十井は面白そうに笑ったが、すぐ真剣な顔に戻った。
 笑ったところは辰元以外の誰も見ていないようだった。

「それでですね、話を戻しますが」
「はい」
「藤里の強さの秘密ですが、ふとした偶然から発覚しました。
ええと、シンク・ベルには当直制度がありまして、一カ月に一回本社ビルに泊まりこみで警護をする仕事があるんです。
そのときにハンターの一人が藤里が着替えているところに偶然居合わせまして。藤里の右胸に大きなタトゥーがあったと報告を受けました。
ご存じでした?」

 辰元は首を振った。

「でしょうね。隠しているようですから。そのタトゥーについてですが、小耳にはさんだ噂がありました。
なんでも、ダラザレオスは時々この世界に降りてきて狩りをしますが、気に入った人間がいるとほかの者に取られないよう印をつけておくそうです。
そして、その印は右胸に黒くタトゥーとして刻まれるそうです」
「……え?」

 辰元は一段低い声をあげた。
 頭の悪い辰元でも、話の流れがなんとなく読めた。
 しかしあまりに信じがたいことで、自分を説得できそうもない。

「その報告を受けたあと、藤里を呼んで確かめました。確かに藤里の右胸にはタトゥーが彫られていました。
狼の形をしたバイラの首から血が滴っているという気味の悪い絵でした。あんなもの人間は彫りません。
藤里の胸のタトゥーは、ダラザレオスが入れたものなんです」
「ちょっと、待ってください。じゃあ、藤里はダラザレオスに会ったことがあるって言うんですか?
それで気に入られて生かされてるって? ダラザレオスの印があるから、バイラに怪我をさせられることがなかったって言いたいんですか?」

 受け入れるにはあまりに突飛すぎる話だった。
 辰元はそんな噂など聞いたこともない。
 第一ダラザレオスを見たことがないので、現実味がわかなかった。
 世界狩りでこの小さな港町は襲撃を受けなかったので、辰元はダラザレオスの一族など神話の悪魔くらいにしか認識していない。


←*#→

6/16ページ

[戻る]


第3回BLove小説漫画コンテスト開催中
無料HPエムペ!