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サビイロ契約

93

「ここに手を置け」

 珂月は言われた通りベッドヘッドに両手をついて体を支えた。
 ルザは珂月の手の上に手を乗せ、背後から覆いかぶさるようにして貫いた。
 ダブルベッドのスプリングが軋んだ。

「ひ、ああぁっ」

 感じるところをうまくえぐられて、珂月は体の力が抜けてがくりと頭が下がった。
 ルザは珂月の腹に手をまわして支え、がつがつと欲望のままに突いた。

 珂月が達すると、ルザも追って中で達した。
 熱い欲を内部に注がれ、内も外もルザで満たされる感覚に珂月は酔いしれた。
 最初はあれほど恐ろしかったのに、今はルザに支配されていると思うだけでまた達してしまいそうだ。

 珂月は白濁で汚れたシーツに倒れこんだ。
 ルザは珂月に寄り添うように寝ころび、珂月の体を抱き寄せた。
 珂月と目が合うとルザはほほ笑んだ。

「愛してる」
「……ん」

 珂月は耳まで赤くして頷き、ルザの胸元に顔をすり寄せて表情を見られないようにした。

「そこは、おれも、だろ」

 ルザは珂月のうなじをなでて言った。
 珂月は無視した。
 ルザはそれ以上なにも言って来なかった。
 珂月は後始末はルザに任せることにして、やってきた睡魔に身をゆだねた。


   ◆


 それから半月後。
 港町のハンターのリーダーである辰元は、まだ太陽も上りきらぬ時分に家を出た。
 町長から呼び出しを食らってしまったのだ。
 身に覚えのない辰元は首をかしげながら、まだ寝ている女房に置き手紙を残して町長の家に向かった。

 鍛えた太い腕を組んで肌寒さと戦いながら、辰元はしんとした町中を早足に歩いた。
 唐突に呼び出されたので薄いシャツ一枚で来てしまったが、予想以上に朝の冷えこみは厳しかった。
 腰のベルトには、外出時にはいつも持ち歩く魚用の包丁が革鞘に収まってぶら下がっていて、歩くたびに硬い太ももを叩いた。

 辰元は寝ぐせのついた髪の毛をかいて無精ひげをなでた。
 家に呼びに来たのは町の相談役の一人で、いやに青い顔をしていた。
 すぐに来いとやたら強調していたためひげも剃らずに飛び出してきてしまったが、こんな時間からなんの用事だろうか。

 町長の家は辰元の家から五分ほどで、舟だまりのすぐそばにある。
 築五十年は経っているだろう古い家だが、柱がしっかりしているので台風や地震にもびくともしない。

 潮で汚れた門をくぐると、庭には一台の車が停まっていた。
 こんな田舎に住んでいるとただの車ですら珍しいのに、高級そうなエンブレムがついた外車だった。
 窓にはスモークフィルムが貼られていて中をうかがうことはできない。

 玄関の鍵は開いていた。
 土間にはたくさんの靴が散乱していて、随分と人が集まっているようだが誰の声もしない。
 どうやらのっぴきならない事態らしい。
 辰元の体に緊張が走る。

「あのー、参りました。辰元です。入りますよ?」

 返事がないので辰元は靴を脱いで中に入った。
 町長の家は何度か来たことがあるので勝手はわかる。
 廊下を進んで縁側に出て、二間続きの座敷を覗きこんだ。

 辰元はかける声を失った。
 座敷には異様な空気がたちこめていた。

 座敷に大きく輪になって座っているのは町の顔役の面々だった。
 この荒んだ世界においても明るさを失わず、海の男ならではの打たれ強さを持った男たちだ。
 彼らのよく日に焼けた赤ら顔は、今や見る影もないほど白く血の気がなかった。
 皆一様にうつむいていて、快活さの欠片もない。
 しばらく冷水に浸かっていたかのような紫の唇を固く結び、畳についたこぶしを震わせている者もいる。

 町長はすぐにわかった。
 三十インチのテレビの前に座っている。
 白髪混じりで薄い頭の、恰幅のいい男だ。
 彼もまた、紙のように白い顔をしていた。

「辰元」

 町長が言った。
 すると集まった顔役たちが一斉に頭を上げて辰元を見た。
 辰元はいよいよ緊張しきり、背筋を伸ばしてゆっくりと座敷に足を踏み入れた。

 座敷の奥でさっと立ち上がった者がいた。
 町長の隣に座っていた、見覚えのない二人の若い男だった。
 二人とも体に合ったいい仕立てのスーツを身につけ、都会の人間らしい垢ぬけた顔つきをしている。

「辰元さんですか。どうも初めまして」

 そう言ったのは、黒髪をきっちりセットした面長の頭の切れそうな男だった。
 育ちの良さをうかがわせる品のいい笑みを浮かべているが、通夜の席のようなこの場では不自然だった。
 その笑みからは、どことなく冷たい印象を受ける。


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