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サビイロ契約

85

「ご指名のようだけど」

 きっちりネクタイを締めた五十井は、部下たちの一歩前に出て言った。
 ルザは五十井の姿が見えるやいなや、憎悪のこもった目つきに変わった。

「てめえが五十井か」

 ルザは低いかすれた声で静かに言った。

「てめえ……どうしようもねえくらい珂月の匂いがするぞ……」
「ああ、だろうね」

 五十井はいつもの冷静な態度を崩さない。

「さっさと珂月を出せ。あいつは俺のものだ」
「そう簡単に出すわけにはいかないな。何しろ珂月は俺が保護したんだから」
「はあ? 珂月がすすんでてめえのところに行ったって言うのかよ」
「そうだよ。君からかくまってほしいと頼まれたんだ。殺されたくないからって」

 笠木はちらりと主人に目を向けたが、なにも言わなかった。
 ルザの機嫌は悪くなる一方だ。
 いつ爆発してバイラの大群をけしかけてもおかしくはない。
 そうしないのは、ひとえに珂月の居場所を突き止めるためだった。

「ふざけたこと言ってんじゃねえ。珂月がそんなこと言うわけねえだろ」
「本当のことだよ。ダラザレオスに目をつけられてしまったんだから、助けを求めてくるのは当然のことだろう。
まさか、本気で珂月に好かれていると思ってたのか?」

 五十井はルザの刺すような視線を真正面から受け止め、なおも言った。

「さんざん血を吸って乱暴に扱ってきておいて、珂月が君に懐くはずがないじゃないか。
珂月は怖いから君の機嫌を損ねないようにしてきただけに過ぎない。
珂月が全部話してくれたから、君のことはよく知ってるよ」

「いい加減なことばっか並べ立ててなにがしてえんだ……」

「俺は珂月を守ってあげたいだけだよ。珂月も苦労してきたんだ。
君がほかの人間を殺さないよう必死に説得して、大事な友人を殺そうとするのを体をはって止めて。
怖い怖いと思いながら、君についていって、これからもずっと一緒にいてね、なんて約束までしてみせた」

 ルザの瞼がぴくりと動いた。

「……なんでそれをてめえが知ってんだ」
「だから、珂月が全部話してくれたんだよ」

 五十井は一触即発の空気の中、わずかにほほ笑んで見せた。

「あんまり君が珂月のことを信じきってしまうから、珂月も驚いていたよ。まさかここまでうまく行くとは思わなかったってさ。
でもそろそろ限界だから、君を殺してほしいって」

 五十井が腕をあげると、その場の全員が臨戦態勢に入る。

「君はまんまとおびきだされたんだよ。ここで君は死ぬんだ」

 ルザは怒りに身を震わせ、自分に向けられる数々の銃口をねめつけた。


   ◆


 五十井に手ひどく抱かれて憔悴し眠っていた珂月は、なにかを叩きつけるものすごい音で跳ね起きた。
 ベッドの上で縮こまっていると、再び衝撃音が響いた。
 鉄製のドアを誰かが破ろうとしている。
 衝撃音がするたび、重たいドアが震えている。

 何度目かの衝撃で、鍵が壊れてドアが開いた。
 ドアの向こうに立っていたのは険しい顔をしたルザだった。
 珂月はずっと焦がれていた姿に涙があふれた。

「ルザあっ!」

 珂月は一目散にルザに駆け寄った。
 ルザも部屋に大股に入ってきて、二人は勢いよく抱き合った。
 珂月はルザの首に両手をまわし、泣きながら強くすがりついた。
 ルザは珂月の背中に手を回して頭をなでていたが、ふと眉間にしわを寄せると抱きつく珂月をひきはがし、全身をくまなく見やった。

「お前……なんて格好だよ……」

 珂月の姿はひどいものだった。
 下着すら身につけておらず、鎖でつながれた首輪だけが異色を放っている。
 体じゅうに赤い噛み痕がついていて、ルザの印の上には血の滴った痕がある。
 何度も泣いたせいで目の周りは赤くはれている。
 そして、全身から五十井の濃い匂いが漂っていた。

 珂月は四日間の重圧から解放された安心感で、とめどなく涙を流しながら笑った。
 しかしルザは再会した喜びをちっとも見せなかった。
 筋肉を動かすことができなくなったかのように、表情が変わらない。

「……ルザ? どうしたの?」

 珂月は涙が治まってくると怪訝そうにたずねた。
 ルザはこわばった顔で珂月の両肩をつかんだまま、珂月の体から目を離さない。

「珂月」
「な、なに。痛いよ」

 珂月の肩にルザの爪が食いこんでいた。


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あきゅろす。
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