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サビイロ契約

78

「命なんて、今のまま一生を終えるくらいなら惜しかねえよ。ダラザレオスのたまをとれば、親父は俺のことを認めてくれる」
「そんな……ルザを殺す気なのか!?」
「おや? まるで、ダラザレオスのことを心配してるみてえだな」

 珂月は口をつぐんだ。
 五十井はすべてお見通しとばかりに、もったいぶって頷いた。

「そりゃそうか。お前らはもう獲物と狩人じゃないもんな? ずっと一緒にいて、なんて陳腐な会話してたしよ。
世にも珍しい異種族のカップルってところか」

 珂月は眉をひそめた。
 確かに珂月はルザに、ずっと一緒にいて、と言った。
 つい昨日のことだ。
 浩誠のアパートをあとにして、誰もいない森林公園でルザと愛を確かめ合ったのだ。
 公園まではバイラに乗って移動したので、あそこに五十井の部下がいたはずはない。

 珂月の疑問を見透かすように五十井は言った。

「そういえばお前にやった無線機、今も持ってるか?」

 五十井は珂月のズボンのポケットを探り、シンク・ベルの無線機を取り出した。

「そうそう、これ。これにちょっと細工をしておいた。いつでもお前の声が聞こえるようにな」

 珂月は真っ青になった。
 珂月はシンク・ベルに来てからずっとこの無線機を肌身離さず持っていた。
 盗聴されていただなんて思ってもみなかった。

「珂月、お前は……」

 五十井は珂月の頭の両脇の壁に手をつき、耳元に唇を寄せて囁いた。

「……本当にいい声で啼くよな」

 珂月はベッドに仰向けに倒され、五十井にのしかかられた。
 首輪から伸びる鎖がこすれて耳障りな音を立てた。

 五十井は珂月のシャツのボタンを全て外し、浮き出た鎖骨に指をはわせた。
 珂月は恐怖で抵抗などとてもする気になれなかったが、五十井が胸元に顔を近づけてくるととっさに五十井の肩をつかんだ。

「やめっ……」
「黙って感じてろ」

 五十井は表情を変えず、黙って珂月の右手首を捕らえると頭上に縫い止め、左腕の上に膝を置いて両腕を封じた。
 もがこうとすると恐ろしい眼力で睨まれ、珂月はすっかり萎縮してしまった。
 ただただ震え、五十井のなすがままになるほかなかった。

 珂月がおとなしくなると、五十井は珂月の首筋に口づけ、ルザの噛み跡を舌でなぶった。
 そのまま下へ降りていき、胸の飾りをちろちろとなめた。
 上下に弾くようになめ、吸いつかれると、珂月は体をぴくりと震わせた。
 嫌でも弱いところを責められれば感じてしまう。

「ん、あ……」

 小さな声がもれると、五十井が笑って唾液で濡れた胸に息がかかった。
 もう片方の飾りは指でこねられ、珂月は震えながらもじもじと足を動かした。
 胸から下半身に直結する甘いしびれが広がっていく。
 目の前の男はルザではないのに、否応なく反応してしまう自分が情けなかった。

「はあ……、っんう」

 五十井は少し顔をあげて、珂月の左胸に広がるルザの所有の証をまじまじと眺めた。
 横を向き咆哮する狼型バイラの姿が、漆黒で美しく繊細に描かれている。
 バイラもその周りの茨も立体的で、首からしたたる血は触ればぬぐえそうに見えた。
 自身の背中にも入れ墨を持つ五十井は、モノトーンのシンプルなタトゥーにしばらく見惚れた。

 しかしこの入れ墨は珂月を汚すものに他ならない。
 五十井は衝動的に珂月の左胸に歯を立てた。
 容赦ない力で噛まれ、珂月は悲鳴をあげた。

「いっ! あああうっ!」

 珂月は激痛に涙を浮かべ、手足をばたつかせた。
 暴れたせいで左腕が五十井の拘束から抜け、珂月は五十井の後ろ髪をつかんで無理やり離させた。

「ちっ」

 五十井は舌打ちするとうっとうしげに目を細め、右手をスーツの懐に入れた。
 カチリと硬質な音がして、珂月は目を見開いた。
 五十井の手にはオートマチックの拳銃が握られていた。
 引き金に指がかけられ、銃口は珂月の顔に向けられている。
 珂月は背筋が凍りついた。

「珂月」

 凍傷を起こさせられそうな冷たい声がかけられた。

「逆らうことは許さないっつったろ。今度こんな真似してみろ。手始めに耳を吹っ飛ばしてやる」

 冷ややかな金属が珂月の左耳をやんわりとなでる。
 珂月は本物の拳銃をこんな間近で見るのは初めてだった。
 暗い死を連想させる凶器をちらつかされ、珂月は頷くことすらできなくなった。

「それともなにか、ダラザレオスに貞操でも誓ってんのか?」

 五十井は侮蔑をこめて笑った。
 拳銃を持つ手が珂月の体を滑り降りていく。
 銃口が通り過ぎた箇所の血液がたちまち冷えていくようだった。


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