77 珂月はスモークフィルムを貼った車の後部座席に押しこめられ、手足を縛られた上に目隠しと猿ぐつわをされた。 車はすぐに走り出し、目的地に着くまで一度も止まらなかった。 車のエンジンが切られるとドアが開き、珂月は誰かの肩に担がれて運ばれた。 目隠しをされている珂月は、どこに連れてこられたのかさっぱりわからなかった。 匂いや音からして、どこかの町の中であることは推測できたが、そこまでだった。 車に乗せられていた時間から場所を特定する能力は珂月にはなかった。 珂月を軽々と担いだ男は、靴音を響かせて固い地面をゆっくり歩いた。 ほかにもいくつか足音がする。 周囲を警戒しながら集団でこっそりと移動しているようだ。 扉を開ける重い音がすると、男たちは階段を降りていった。 階段を降りるとさらに二つの扉を開け、珂月はふかふかしたマットレスに寝かされた。 足音が去っていき、扉が閉まる音がした。 だが、珂月を一人にしたわけではなかった。 珂月は誰かの手で目隠しを外された。 いきなり視界が明るくなったので、珂月はしばらくまぶしくて目を開けていられなかった。 次第に目が慣れてくると、珂月はそろりそろりとまぶたを持ち上げた。 まず目に入ったのは、打ちっ放しのコンクリートでできた灰色の壁。 珂月の部屋より一回りほど大きい真四角の部屋だった。 家具と言えば珂月が寝かされているベッドと、艶やかな木材のテーブルセットに同じ素材でできた棚くらいで、がらんとしている。 出入り口は重そうな鉄の扉一つきりで、窓の類はなかった。 ベッドの脇には自分を見下ろす五十井の姿があった。 五十井は目隠しの布を珂月が寝ているベッドの隅に放り投げた。 続いて猿ぐつわを外すと、珂月を横向きにして手首と足首に巻きついている縄をほどいた。 自由になった珂月はベッドの上を這って後ずさろうとしたが、五十井に睨まれてたちまち体がすくんでしまった。 五十井はベッドヘッドに手を置き、珂月の上にかがみこんだ。 「今日からお前はここで暮らすんだ」 珂月は返す言葉もなかった。 五十井は珂月が怯えておとなしくしていると、機嫌よさそうに口角を上げた。 「俺の言うことは絶対だ。いいな。逆らうことは許さない」 珂月が体を震わせると、五十井は強い口調で言った。 「はいと言え!」 珂月は短く頷いた。 「は、はい……」 「それでいい。言うことさえ聞いていればなにもひどいことはしないからな」 五十井はそう言うと、ベッドヘッドの上にかけてあった黒い革製の輪を取った。 その輪には太い鎖がついていて、壁に取り付けられた金具につながっている。 革の輪は首輪だった。 五十井は輪を珂月につけようとしたが、珂月はひっと息をのんでのけぞった。 「珂月」 だが、五十井の鶴の一声で珂月は逃げることができなくなってしまった。 五十井は珂月の首に首輪をはめ、鍵をかけるとその鍵をポケットに入れた。 「よく似合うぞ。これは珂月、お前のためにあつらえたものだ」 五十井は愛しげに首輪を指の腹でなでた。 「いつかお前をここに閉じこめて飼ってやろうと思ってた。ここは完全に隔離されていて、匂いも外には漏れない。 ルザとやらもさすがにここには気づかないだろうさ」 珂月はこれほど楽しそうな五十井を見るのは初めてだった。 同時にこれほど無邪気とはほど遠い、薄暗く不気味な笑い方を見るのも初めてだった。 「珂月、お前は今日から俺のものだ」 五十井は珂月の頬を人差し指でなで、そのままするりと首筋まで下がって鎖骨をなぞった。 その指づかいはどこかいやらしさを含んでいた。 「はは、怯えてるな……。ようやくこのときが来たか。バイラが食おうとしない少年が新宿にいたと笠木から報告を受けたときから、ずっと待ち望んでたよ。ずっと」 「あのときから知ってたのか……」 「お前がダラザレオスと契約していることをか? そうだよ。だからお前みたいな役立たずをうちに入れてやったんだろうが。 ああごめん、役立たずじゃないよな。ダラザレオスを引き寄せてくれる大事な大事なゲストだ」 五十井はベッドに膝をついて乗り上げてきた。 ダブルベッドのスプリングがきしんで音を立てた。 「お前はとてもダラザレオスに大事にされているからな。きっと奴はお前が消えたことに気がついて探しに来るだろ? 果たしてここにたどりつけるかどうか、みものだな」 くっくっと低く笑う五十井の考えが、珂月には理解できなかった。 「あんた、おかしいよ」 珂月の声は震えていた。 「なんでそんな、わざわざダラザレオスを挑発するような真似……命が惜しくないのかよ? ルザと浩兄が争ってるところを見てたんだろ?」 「ふん」 五十井の顔から笑みが消えた。 #→ [戻る] |