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サビイロ契約

74

 ルザは思い出したように珂月の頭をなでた。

「貴族なんてなるもんじゃねえよ。忙しいし、これはするなとかそれはだめだとか周りはうっせえし。
だから俺は気が詰まるとこっちに逃げて来てたんだ。そこでたまたま見つけたのがお前ってわけ」

 珂月はくすくすと笑った。

「ルザクローフってのが、俺の本当の名前だ。でも堅苦しくて嫌いだからな、お前は今まで通りでいい」
「うん」

 珂月はルザについて聞くのは初めてだった。
 ルザは今まで自分のことはなにも話さなかった。
 だからこうして生い立ちや本名を明かしてくれるというのは、完全にうち解けたような気がして珂月は嬉しく思った。

「おれも、話したいことがあるんだ」
「なんだ?」

 珂月はほんの少し背筋を伸ばした。

「ルザが世界狩りで受けたお腹の傷のこと、前に話してくれただろ」
「ああ」
「……それつけたの、おれの父さんなんだ」

 ルザの反応がなかったのが、珂月を不安にさせた。

「お、おれの父さんも戦争に参加してて。おれを守るために必死で戦ったんだ。
それで、ダラザレオスの司令官に切りつけて退散させたって聞いた……。
ダラザレオスに傷を負わせたのは父さんだけらしいから、間違いないと思う。結局そのあと怪我して死んじゃったんだけど」

 珂月は後ろを振り返った。
 ルザはわずかに眉をひそめて珂月を見ていた。

「……嫌いになった?」

 本名を教えてくれたルザに秘密を隠しておくわけにもいかないので、これで嫌われるなら仕方がないと珂月は覚悟した。

 ルザは不安げにする珂月の顔を見て苦笑した。

「なんだよその顔。お前は親父がいねえと生まれてこなかったんだろ。……どうやってそいつを恨めばいいのかわからなくなったじゃねえか」

 珂月は顔を輝かせた。
 ルザの優しさが身にしみて、また涙があふれてきた。
 嬉しくて泣くなんて初めてのことだった。
 ルザのことがこの上なく愛しく思えた。

「なあ、ルザ」

 珂月はルザのジャケットの飾りボタンをいじりながら言った。

「今度はおれから契約しよう」
「なんだ?」
「おれはお前を裏切らないし、ずっとそばにいる。だからさ」

 珂月は耳たぶを赤く染め、深く息を吸った。

「ルザもおれを裏切らないで。ずっと一緒にいるって、約束して」

 そのときのルザの顔は、今までで一番印象に残るものだった。

「ああ、わかった。約束してやる」

 二人は見つめ合い、同時に吹き出した。
 笑いの発作が収まって真顔になると、珂月は少し顔を近づけた。
 ルザは珂月のうなじに手を置き、噛みつくように口づけた。


   ◆


 次の日の昼下がり、ルザが帰ったので珂月は浩誠のところへ出かけた。
 もう一度会って、話したかった。
 珂月はルザを選んだが、浩誠もかけがえのない存在なのだから。

 浩誠のアパートに着くと、珂月はドッグズ・ノーズの札が下がった302号室の前でうろうろして入るべきか迷った。
 自分のせいで浩誠は傷を負い、ショックも受けたはずなのだ。
 そう考えると、堂々と顔を出すのはためらわれる。

 しかし自分の考えを浩誠にも聞いてもらいたくて、珂月は思い切ってドアをノックした。
 騒がしい足音が聞こえてきて、勢いよくドアが開いた。
 中から顔を出したのは浩誠ではなく飛鶴だった。

「おう、珂月じゃーん! 久々だなあ!」

 飛鶴が出るとは思わなかった珂月は面くらってしまい、その隙に飛鶴は珂月を中に押しこんだ。
 飛鶴の顔はほんのり赤かった。

「おーいみんなー! 誰が来たと思うー?」

 飛鶴は嬉しそうに言いながら珂月の腕を引いてリビングに連れていった。
 リビングにはたくさんのメンバーが集まっていて、床に直に座って酒の缶とつまみを囲んでいた。
 シンク・ベルに引き抜かれて以来の珂月の登場に、メンバーは歓声をあげた。

「珂月じゃねーか!」
「久しぶりー! 元気だったかよ?」

 あちこちから伸びてきた酔っぱらいたちの手が、無理やり座らせた珂月の背中や頭や肩をばしばし叩いた。
 珂月はときどき痛そうにしながらも嬉しそうだった。

 浩誠は窓際に座っていて、珂月の登場に一番驚いていた。
 だが仲間たちに囲まれてもみくちゃにされる珂月を見ているうちに、顔がほころんでいった。
 珂月と目が合った浩誠は、いつものように笑いかけてグラスを掲げた。


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