73 「俺が怖いか?」 「怖くない」 「ダラザレオスなのに? 俺たちは人間を食い物にしてるんだぞ?」 「でもルザはおれを殺さないだろ? おれが頼んだから、ほかの人も殺さなくなったし」 ルザはおかしそうに笑い、珂月の頬を手の甲でなでて少しくすぐった。 「あいつのところに残らなくてよかったのか? 大事な人だって言ってただろ」 「浩兄は大事だよ。大事な仲間だ。でも、浩兄の気持ちには答えられないから」 珂月は少し寂しそうにルザから視線を外した。 「俺を見ろ」 ルザが言った。 珂月は言われたとおりにルザを見た。 「お前、俺のことが好きなのか?」 「えっ?」 「お前を好きだというあいつを選ばず俺のところに来たんだろ。そういうことじゃねえのかよ」 珂月の心臓が跳ねた。 顔半分を青白い明かりにぼんやりと照らされたルザは、恐ろしいほど美しい。 ルザが人ではないことを物語っている。 珂月はその危険な美しさに身震いがした。 「俺はお前が好きだ」 ルザが言った。 珂月はまばたきをすることさえ忘れた。 とっさに聞き違いだと思った。 だが、ルザは続けた。 「愛してる。お前に俺だけを見て欲しい。どこにも行くな。ずっと一緒にいてほしい」 そう言ってルザはふんと鼻を鳴らした。 いつもの不遜な顔になった。 「俺も大概、酔狂だ。初めはただの獲物としか見てなかったのにな。どこでどう間違ったんだか」 珂月はぽかんと口を開けていた。 だが徐々にその口は笑いの形になり、目尻には涙がたまっていった。 珂月は表情を崩して泣き顔になり、ルザの首に腕を回して抱きついた。 ルザは少しかがんで珂月を抱き返した。 「ルザっ……」 珂月はルザの首筋に頬をすり寄せて、泣きながら笑った。 「好きだよ、大好きだ。お前がずっとそばにいてくれるなら、おれなにもいらないよ」 ルザは珂月の柔らかい髪の毛に口づけた。 「そうか……ありがとう」 珂月の懇願をいつも右から左に聞き流していたルザが、珂月の言葉に心底ほっとしているようだった。 珂月はようやく自分の心が一つになった気がした。 心の底にたまっていたよどみが一気になくなった。 珂月はずっとルザが好きだった。 でも自分は人間で、彼はダラザレオスだ。 自分は彼にとって大事な存在ではあるが、それは血が旨いからだと自分に言い聞かせてきた。 ただの食料としか見なされていないと突きつけられるのが怖くて、傷つくのを恐れ、無理やり自分をそう納得させてきた。 ほんの一歩踏み出すのをためらっていたために、どんどん自分で自分を傷つけていたのだ。 しかし今、その心配は驚きとともに歓喜へと変わった。 ルザは一人の人間として、珂月を見ていた。 ルザのダラザレオスらしからぬ行動から、もっと早くに気づくべきだったのだ。 しかし自分へ向けられる感情とは、いつでも見分けるのが難しいものだ。 ルザは珂月を抱きしめたまま、そっと芝生に腰を下ろした。 珂月は抱きついていた腕をゆるめた。 二人はどちらからともなくキスをした。 前戯ではなく、愛情を確かめるための初めてのキスだった。 珂月はルザに真剣な顔で見つめられるのが恥ずかしくて、くるりと背を向けた。 だがルザの腕の中で体勢を変えただけだったので、そのまま背後から抱きしめられてルザの胸板に後頭部を乗せた。 二人は芝生に座り、空に浮かぶ月を眺めた。 「……なにか話してよ」 珂月が言った。 ルザは口を開いて少し考えたあと、言った。 「俺はな」 上を向いたまま、ルザは話しだした。 「ダラザレオスの司令官だ。それはわかってんだろ」 珂月は黙って頷いた。 「俺は貴族の生まれだ。昔から続く由緒正しい家系だから血が濃い。だからほかの連中と違って髪が黒いんだ」 「へえ……」 「生まれたときからダラザレオスを指揮する立場に置かれることが決まってたから、ガキのころから教育を受けてきた。 すげえ狭っ苦しい生活だったよ。同年代の遊び相手っつったら、俺の家に仕えてる男の息子だったアスタルトくらいだったしな」 「昔からの知り合いなんだ」 「まあな」 ←*|#→ [戻る] |