[携帯モード] [URL送信]

サビイロ契約

71

 木造アパートの屋上で、浩誠はラベルのはがれたビンから直接酒をあおっていた。
 喉が焼けるほど一気に流しこみ、ビンを脇に置くとナイフを磨く作業に戻る。
 その顔に表情らしきものは見あたらない。

 にわかに巻き起こった風が浩誠のオレンジ色の髪をなでた。
 浩誠が顔をあげると、屋上の縁にバイラが前足を折って座っていた。
 その背から黒髪の背の高い青年がするりと降り立った。

「もう来たのか」

 浩誠は独り言のようにこぼし、研ぎ石を放ってナイフを鞘に戻した。
 ルザが大股に近づいてくると、浩誠はナイフを持って立ち上がった。
 二人は三メートルほどの距離を置いて向かい合った。
 浩誠は初めて間近で見るダラザレオスにもひるむ様子はなく、ただ珍しそうにルザを眺め回した。

「へえ……本当に黒髪なんだな」

 浩誠は抑揚のない声で呟いた。

「お前か」ルザが言った。「勝手なことしてくれたのは」
「勝手なこと、なあ」

 浩誠は皮肉っぽく笑った。
 それがルザの気に障ったようで、ルザは眉根を寄せて刺す虫でも見るような目で浩誠を睨んだ。

「どうせ匂いで気づかれるって、わかってたよ」

 ルザは沈黙を守っている。

「今日はメンバーの誰もうちにいないから、ここでなら迷惑にならない」

 浩誠は言い終わるとナイフを抜き、鞘を背後に投げた。




 珂月は人けの少ない路地を走りに走った。
 すれ違うハンターらしき人々は、珂月の形相に何事かと立ち止まって振り返っている。

「ルザああっ! やめてくれえっ!」

 珂月は暗い空に向かって叫んだ。
 つまずき、転んでも、すぐに立ち上がって走った。

 浩誠のアパートが見えてくると、珂月はいったん止まって息を整えながら様子をうかがった。
 夜の町は静かだ。
 しかし、どこか不穏な空気だった。

 よく目をこらすと、アパートの屋上で人影らしきものが動いた。
 同時になにかが鈍く光ったようだった。
 珂月は早鐘のように鳴る心臓を押さえ、ゆっくりと近づいた。
 誰かが誰かと戦っているようだ。

 それがルザと浩誠だとわかるまで時間はかからなかった。

「ルザっ」

 珂月は外階段を三段飛ばしで駆け上がり、二階の外廊下の端にある錆びたはしごを上った。
 屋上に顔を出した珂月が目にしたのは、ナイフを持ってルザに切りかかる浩誠と、軽くかわしながら弄ぶように浩誠に蹴りを入れるルザだった。
 ルザはかすり傷ひとつ負っていなかったが、浩誠は息も絶え絶えで口端から血を垂らして必死に切り結んでいる。
 実力の差は歴然だった。

「やめてくれえっ!」

 珂月は絶叫し、みぞおちに蹴りを入れられてうずくまる浩誠の前に座りこむと、両手を広げてルザからかばった。
 ルザは口を真一文字に結んだまま、珂月を見つめた。
 浩誠は咳きこみながらも珂月の腕をつかんで離れさせようとした。

「やめろ珂月、危ない……」
「冗談じゃない、絶対ここを離れないぞ! ルザ、お願いだ、やめてくれ! おれにできることならなんでもするから、この人だけは殺さないで!」

 ルザは固い地面を踏みつけ、一歩珂月のほうへ近づいた。

「どけ珂月。そいつは俺の獲物だ」
「あんたの獲物はおれだけだろ! お願いだから浩兄にはなにもしないでくれ! 大事な人なんだっ」
「そうかよ」

 ルザは不機嫌そうに鼻を鳴らし、珂月に近寄って腕を伸ばした。
 珂月は怯えた小動物のように体を震わせて後ずさった。
 ルザはその反応に顔をしかめた。

「……俺が怖いかよ」
「浩兄にこんなことするあんたは嫌いだ」
「お前に手を出したそいつが悪いんだろうが。なんだよ、俺のことは嫌いで、そいつのことは好きなのか?」
「ちがっ……」

 珂月は思わず口ごもった。
 違うと叫びたかったが果たしてそれは声に出してもよいものなのか、心の奥で自問した。


←*#→

7/12ページ

[戻る]


第3回BLove小説漫画コンテスト開催中
無料HPエムペ!