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サビイロ契約

70

 ルザは中に入ると窓を閉め、慣れた様子で珂月の服をどけて座布団の上にあぐらをかいた。
 珂月はベッドから降りようとしない。
 ルザはどこか挙動不審な珂月に気づかず、部屋の中にいつかと同じように黒い犬型のバイラを呼び出した。
 バイラの背には銀色の鞍が取り付けられ、紺色の布に包まれた四角い荷物が乗せられている。
 ルザが荷物を取るとバイラは消えた。

「珂月、こっち来い」
「なに?」

 ルザはテーブルの上に包みを置き、手招きした。
 珂月はおそるおそるルザの隣に座った。

 ルザは丁寧に包まれたそれを乱暴に開けた。
 中に入っていたのは陶器でできた四角い弁当箱のようなもので、ふたには鮮やかな花の模様が描かれている。
 ふたについたつまみを持ち上げると、湯気の上がる大きな魚のムニエルが現れた。
 スパイスのいい香りが部屋に漂った。
 付け合わせの野菜は皿に華やかな彩りを加えている。
 珂月は豪華な料理に目を丸くした。

「なにこれ……」
「お前ろくなもん食ってねえだろ。これ食って少しは肉つけろ。もうちょっと太れ」

 そう言ってルザは珂月にフォークを差しだした。
 珂月はルザと料理を交互に見やってからフォークを受け取った。

「ルザが手土産……」
「冷めないうちに食えよ」

 珂月はルザの行動に面食らいながらも、おいしそうな匂いにつられて魚にフォークを突き刺した。
 骨までとろけそうに柔らかく、変わった味つけだったがかなり美味だった。

「おいしい」

 珂月は素直に感想を述べたが、ルザは珂月をじっと見つめるばかりでなにも言わなかった。
 珂月はもくもくと料理を口に運んだ。
 ルザは食べる珂月を黙って眺めていたが、不意に言った。

「珂月……お前、誰の匂いつけてんだ?」

 珂月は動揺のあまりフォークを落としてしまい、皿に当たって甲高い音を立てた。
 だが珂月はなにごともなかったかのようにまたフォークをつかみ、精一杯の笑みをルザに向けた。

「なにが? 仲間のだろ?」
「違う。ごまかすな」

 ルザは顔を引きつらせる珂月の手からフォークを奪ってテーブルに放り、珂月をその場に押し倒して服に手をかけた。
 珂月は悲鳴じみた声をあげてルザの腕をつかんだが、ダラザレオスの腕力にかなうわけもない。
 Tシャツはいとも簡単に破かれ、珂月の白い肌があらわになった。
 上下する左胸にはルザの印がくっきりと浮かんでいる。
 そして、胸から首筋にかけて、いくつもの赤い花が咲いていた。
 昨夜浩誠がつけたものだった。

「お前、俺以外の奴に体を許したな」

 ルザの声色はいつになく緊迫していて、無表情なのが余計に恐ろしかった。
 珂月は弁解しようと口を開いたが、言葉がのどに張りついて出てこなかった。

 ルザは数秒間、親の仇でも見るような目で珂月の胸を凝視していたが、おもむろに珂月を離して立ち上がった。
 珂月はルザの腰に飛びついた。

「違うんだルザ! これは違うんだ!」
「うるせえ。なにが違うんだよ。どけ、こいつをつけた奴を殺してやる」
「やめて! お願いだから、やめてくれっ!」

 珂月は全身の力をこめてルザにしがみついた。
 ルザはいらいらしているようだが珂月を無理に振り払おうとはしない。
 珂月は冷たい表情のルザを見上げ、悲痛そうに訴えた。

「断り切れなかったおれが悪かった! だから行かないでくれよ! 血を飲まれたわけじゃないんだから、別にいいだろ!」

 ルザは珂月の顎に手をかけて目を細めた。

「いいわけあるか。お前は俺のものなんだぞ。それをほかの奴に勝手にされるなんて、俺を侮辱してるようなもんだ」
「もの扱いするなよ!」

 珂月は勢いよくルザの手をはたき落とした。
 二人は睨み合った。

「……そうか」

 ルザはぽつりともらすと、先ほどとは比べものにならないほど強い力で珂月の顎をつかみ、上を向かせた。
 ルザの前に珂月の白い首筋がさらけ出される。

「ルザっ、苦し……」
「まだわからねえのか。なら、今すぐお前のすべてを俺のものにしてやる」

 ルザの指に力がこめられた。
 珂月はルザの唇からのぞく牙を見て、体が動かなくなった。
 留宇が死んだときの情景がフラッシュバックする。
 今の自分と留宇の姿が重なる。
 目の前の男が誰だかわからなくなった。

 ルザは珂月が目を見開いたまま動かなくなると、手を離してきびすを返した。
 窓を開けてベランダの外に狼型バイラを呼び、ひらりと飛び乗った。

 バイラが風を切って去っていく音を聞いて珂月は我に返った。
 慌ててベランダに出ると、ルザの乗ったバイラがまっすぐどこかに飛んでいくところだった。
 珂月は周囲のことなど考えずに叫んだ。

「ルザあっ! 待ってよ行かないでっ!」

 だがバイラは止まらなかった。
 珂月はドアに飛びつき、鍵を開けると靴もはかずに外へ出た。
 部屋の窓もドアも開け放たれたままで、夜風が舞いこんで古びたカーテンを揺らした。
 テーブルはなぎ倒され、服でいっぱいの床には、まだ暖かい料理がぐしゃぐしゃになって落ちていた。


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