サビイロ契約
67
「左胸にバイラ……留宇と同じあれか……?」
拘束がなくなり、珂月は上半身を起こすとボタンのなくなったシャツで体を隠した。
しかし、三人の記憶を消すことはできない。
運の悪いことに、この三人組は左胸の印の意味を知っているようだった。
「お前もダラザレオスと契約してんのか……?」
珂月は答えず、首筋にうっすらと残るルザの噛み跡を隠そうと襟を立てた。
沈黙を肯定ととった三人は青い顔を見合わせた。
「こんなひょろい奴がどーしてうちにいんのかと思ったら……そういうことかよ」
「なんでこいつをここにいさせてんだ? こいつがいたらまたダラザレオスが襲ってくるんじゃねえのか!?」
「かもな……五十井の野郎なに考えてやがんだ……性懲りもなく疫病神しょいこみやがって」
「おい、それよりこいつに触っちまったの、やばいんじゃないのか?」
三人の欲情した目はすっかりなりをひそめ、近づけばかみついてくる狂犬でも見るような目つきで珂月を見ている。
珂月は震えが止まらなくなり、ドアの隣に放ってあった着替えの鞄をひっつかむと、シャツの前をつかんだまま部屋を飛び出した。
三人が追って来る様子はなかった。
◆
「浩兄! 浩兄!」
珂月は「DOGS NOSE」のプレートがかかったドアをがんがんと何度も叩いた。
すぐに鍵を外す音がしてドアが開いた。
珂月は出てきた浩誠に飛びついた。
「浩兄っ! どうしよう……!」
「どうした? なにがあったんだよ?」
珂月は浩誠の胸に顔を押しつけ、両腕を背中にまわして強くしがみついた。
浩誠はなにも言おうとしない珂月の頭に優しく手を置いた。
「とりあえず入れよ、な。震えてんじゃねえか」
珂月は浩誠に抱えられるようにして部屋に入った。
浩誠は珂月の破かれた服を見てだいたいのことを察したようだったが、珂月が話し出すまではなにも言わなかった。
珂月は浩誠に抱きしめられながら床に座り、しばらく瞳をふるわせていたが、浩誠の匂いに包まれて落ち着いてくると、とつとつと話しだした。
「ばれちゃったんだ……おれが、ルザと契約してるってこと」
珂月は浩誠のシャツをしわができるまで強く握りしめた。
「今日、おれ当直で……ベッドのある部屋に行こうとしたら、い、いきなり、腕つかまれて倉庫みたいなところに押しこめられて……」
「ああ」
「見たことある三人のハンターがいて、そいつら、おれの服を破いて……胸の証を見ちゃったんだ。
これの意味を知ってたみたいだったから、だからおれ、逃げてきちゃった」
言いながら珂月の目に涙の膜ができた。
「おれ、もうあそこにいられない。あいつら絶対ほかの連中に話しちゃってるよ。も、もう……戻れない」
珂月を抱きしめる浩誠の腕に力がこもった。
珂月は小さくしゃくりあげた。
浩誠は珂月をこんな目に遭わせた三人に怒りをつのらせたが、ぐっと押さえて優しい声を出した。
「珂月、いいんだ。お前は悪くない。どうせあそこへは無理やり行かされたんじゃないか。無理してい続ける必要なんてない」
珂月は頭を優しくなでる大きな手の平のぬくもりに、ささくれだった心が和らいでいくのを感じた。
「戻ってこい。俺のところに。お前はずっと俺たちの仲間だったんだ。これからもまた一緒にやっていこう」
珂月の目からこらえきれなかった一粒の涙がこぼれた。
もうなにも言えなかった。
珂月は声をあげて泣きたいのを押さえて目を閉じ、浩誠を抱きしめ返した。
浩誠は珂月が落ち着くまで珂月を抱きしめていた。
世界狩りのときも、怯える珂月を浩誠はずっと抱きしめていた。
二人は辛いときはいつも一緒にいた。
浩誠は珂月の心の痛みを我がことのように感じた。
「……なあ、珂月」
「なに?」
珂月は抱きしめられたままの体勢で返事をした。
「お前、なんで五十井に相談しなかったんだ?」
珂月は息が詰まった。
聞かれて当然のことだった。
ルザは敵で、五十井は得体が知れないとはいえ屈強なハンターたちを擁する組織のボスだ。
五十井に泣きつけばルザをなんとかしてくれるかもしれない。
珂月はそのことを考えなかったわけではなかったが、ルザのことを五十井に頼む気はさらさらなかった。
「五十井はシンク・ベルのボスだろ? お前のことを大切にしてるみたいだし、言えばなにか対策を考えてくれるんじゃないのか?
そういう申し出もあったんだろ」
「まあ、あったけど……五十井は信用できないし……」
「でも助けになってくれるかもしれないじゃないか」
「そうかもしれないけどさ」
珂月の答えははっきりしなかった。
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