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サビイロ契約

63

「う、あああっ! いやだ! 離せ、離せよっ!」
「なんだ急に……やかましい、静かにしろ」
「離せええっ! おれに触るなあっ!」

 珂月は大声で喚き散らし、腕を振ってはねじって引っ張って、なんとか逃れようとした。
 しかし、腰を落として全体重をかけて引っ張っても、ウァラクは珂月を離そうとしなかった。
 ウァラクはおもちゃ屋の前でぐずる子供をなだめるように、唇に指を当てた。

「しー……」

 これまでにないほど動揺していた珂月だったが、その魔法のような言葉を聞くと喚くのをやめた。
 ウァラクはそれでいいとばかりに口端を歪めた。

 ウァラクは手の甲で珂月の頬をなで、するりと下へ降りて首に触れた。
 そのまま顔を近づけようとしたが、ふと動きを止めて眉をひそめた。

「ウァラクっ!!」

 少し離れたところから怒鳴り声がした。

 大きな狼型バイラが一体、ものすごいスピードで近づいてきている。
 背には怒り狂ったルザが乗っていた。
 珂月はルザの姿を見つけると涙がにじんだ。

「ルザぁっ!」

 珂月は必死でルザを呼んだ。
 ウァラクは忌々しげに闖入者を睨みつけた。
 ルザは珂月たちの頭上に来るとバイラから飛び降りた。
 バイラは旋回してから上空に舞い上がっていった。

「珂月から離れろ!」

 ルザは口角泡を飛ばして怒鳴った。
 ウァラクは顔をそむけたまま、黙って珂月から手を離した。
 珂月は解放されると一目散にルザに駆け寄った。
 なにもないところで一度つまずき、大股に歩み寄ってきたルザに抱きついた。

 ルザはしっかりと珂月を抱きとめた。
 珂月はルザに強く強くしがみついた。
 珂月の体が震えているのを感じて、ルザはウァラクをぎろりと睨んだ。

 ウァラクはルザと正面から向き合おうとせず、体を斜めに向けたままミリ単位で頭を下げた。

「こりゃどーも。こんなところで奇遇ですねえ……そんなにお暇なんですか?」
「黙れ。てめえ、俺のものだとわかっててこいつに触ったな」

 ルザの声は野獣の唸り声のように低かった。

「はあ。まあ」

 ウァラクは小馬鹿にするような口調を改めようともしない。

「触るのもだめなんですか……? ちょっと心狭すぎじゃありません?
それともそいつに入れこんでんですか? そんなんだから人間にしてやられるんですよ」
「黙れ! っとにてめえは……俺を怒らせることだけに関しては一流だな。ほかはろくに実力もねーくせによ」
「実力ですか。確か二年前の襲撃の際、指揮官で負傷したのは閣下だけだったと思いますけど。なのによく堂々とそんなことが言えますねえ」
「うるせえんだよ。勝手に俺を目の仇にしてんじゃねえ。俺とてめえじゃ比べる対象にもならねえってことにいい加減気づけカス」

 ウァラクのこめかみがひきつった。
 視線だけで互いを殺せるものなら殺したいと言わんばかりの睨み合いになった。

 先に視線をそらしたのはウァラクだった。
 ウァラクはルザの背後にかばわれている珂月に向かって言った。

「そこの、隠れてるお前」

 珂月はびくりと肩を揺らした。

「お前、人間のくせにダラザレオスにすがって生きてくのか? そこまでして生きたいのかよ?
そいつに殺されるまで、そうやって無様な姿さらして地面にはいつくばって暮らしてくのか?」

 珂月は尖った氷で突き刺されたような気持ちになった。
 体の震えがさらに激しくなった。
 心臓が数段落ちこんだようで、息をするのに精いっぱいだった。
 言い返す勇気などない。

「いい加減にしろ……」

 ルザの声は怒りに震えていた。
 ウァラクはふんと満足げに鼻を鳴らした。

 一触即発の空気が流れる中、さらに二体のバイラがやってきた。
 ウァラクの後ろに降りてきたのは、ハンターたちと戯れていたはずのダラザレオスの姉弟だった。

 姉弟は睨み合うウァラクとルザの緊迫した様子に顔を見合せた。
 ウァラクの友人である二人は、彼らの仲の悪さを重々承知している。

「ルっ、ルザクローフ様! こんなところでお会いできると思いませんでしたわ!」

 姉が場違いな明るい声をかけた。
 ぎょっとした弟は姉に睨まれ、姉と同じように笑顔を取り繕った。

「本当ですね! ちょっとはしゃいでたもので気づきませんでした。すみませんうるさくしてしまって……」

 あははと笑いあう姉弟を、ルザは睨み据えた。
 姉弟の笑みが引っこんだ。

「……その目触りな奴を連れて、今すぐ俺の前から消えろ」

 姉弟はこれほどまでに怒りをにじませたルザの言葉を聞いたことがなかった。

「はっはい、失礼します!」

 姉は動こうとしないウァラクを引っ張り、バイラに乗せると後ろに自分も乗り飛翔した。
 弟も追ってバイラにまたがり、空に消えた。

 姉弟が姿を消すと、新宿で暴れまわっていたバイラたちも一斉に空に帰っていった。

 こうして、悪夢のような時間は終わった。

 珂月はしばらくルザの背中から離れなかったが、バイラたちの鳴き声が完全に聞こえなくなると、ゆっくりと歩き出した。

 留宇は元々色白だったが、今や紙のように白い顔をしていた。
 珂月はそっと留宇の顔の横に跪き、開いたままの瞼を下ろしてやった。


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