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サビイロ契約

61

「……なあ、ちょっと標識見てくれない? よくわからないんだけど、ここまっすぐ行けば高速乗れんの? あれなんて読むのかわかる?」

 だが留宇は珂月から目を離そうとしなかった。
 珂月は仕方なく車のスピードを落とし、標識に注意しながら進んだ。

「……高速道路なんか使って、どこ行くの……」

 留宇が蚊の鳴くような声で言った。

「え? なに? なにか言った?」
「……なんでもない」
「なんかあったらもっと大きな声で言って、緊張してるんだから! 手汗すごいよ今。ハンドルめちゃくちゃすべるから」

 なんとか高速道路の入り口にたどりつくと、料金所のバーはとっくに壊されていた。
 珂月はしゃんと背筋を伸ばし、慎重にカーブを曲がっていく。
 壁にぶつかって大破した車や、黒こげになった車の残骸が行く手を塞いでいる。
 珂月はそれらの隙間を縫ってそろりそろりと走った。

 しかし、いくらも行かないうちに、大型のタンクローリーが横転していて道路を完全に封鎖していた。
 戻ろうにも障害物が邪魔で、下手にバックしようとすれば事故車の残骸を踏んでタイヤがパンクしてしまうかもしれない。
 珂月は仕方なく車を止めてエンジンを切った。
 車内は静まり返った。

「……ごめん。とにかく遠くに行けば、逃げられると思ったんだけど」

 珂月は標識を見上げ、ハンドルを握ったまま謝った。
 留宇は強く首を振った。

「いい。どうせ逃げられない」

 留宇は震えていた。
 震えながらも、少し落ち着いたのか、ぽつぽつと話しだした。

「僕、孤児院で育ったんだ。生まれてすぐ捨てられて……別に珍しくもないんだ。捨てられた子なんていっぱいいたから。放置されて死ななかっただけラッキーだよ」
「……そうなんだ」
「小学五年にあがるとき、僕は里親にもらわれた。裕福な家庭で、子供のいない夫婦だった。
三階建ての綺麗な家で、迎えにきた新しい父親はとても優しそうだった」

 しかし、それは上っ面だけだった。
 留宇は自分の家となる屋敷の敷居をまたいでから、真実を知った。

 屋敷のどこにも母親となる女性はいなかった。
 政略結婚だったらしく、結婚当初から二人は別居していたのだ。
 それを隠し、孤児院をだまして男は留宇を引きとった。

 男は綺麗な少年が好きで、最初から留宇を性欲のはけ口にするつもりだった。
 留宇は屋敷に繋がれ、毎晩毎晩、男にもてあそばれた。
 初めは嫌悪して泣き叫んだが、もう孤児院には帰れず、どうにもならないとわかってからは大人しくするようになった。
 黙って言うことを聞いていれば、縛られることも恥ずかしいことを強要されることもなかった。

 希望の欠片もない毎日が日常となり、留宇はだんだん生きることが面倒になっていった。

 そして二年前、突如として空からバイラの真っ黒な大群が押し寄せてきた。
 世界狩りが始まったのだ。

 世界中がパニックになり、たくさんの人が殺されていった。
 留宇は屋敷の中で縮こまって震えていた。
 使用人はそれぞれの家族と一緒に逃げ去り、留宇を守ってくれる者は誰もいなかった。

 養父は世界狩りが始まる直前、仕事に出かけたきり帰ってこなかった。
 殺されてしまったのか、一人でどこかに逃げたのかはわからない。

 留宇は屋敷を出て廃墟となった町をさまよい歩いた。
 行くあてなどない。
 バイラの影に怯え、飢えと戦いながら安全な場所を探した。

 世界狩りが終わると、留宇は小さな町で疎開してきた金持ちの男に言い寄った。
 留宇にできることといえば、綺麗な顔と体で男を誘惑することくらいだった。
 男はすぐに留宇を気に入り、留宇は寝床と食料を得た。

 保身と欲しか知らない汚い中年に抱かれることに、留宇はなにも感じなかった。
 体を差し出すだけで十分な食べ物がもらえるのだから、安いものだった。
 留宇は自分を拾ってくれた男に感謝していた。

 男は養父よりもずっと留宇を愛してくれた。
 実の息子のように可愛がってくれた。
 どこにも行くなと言い、たくさんの食事を与えてくれた。

 しかし、男は徐々に精神を病んでいった。
 いつ殺されるかわからない恐怖に耐えきれなかったのだ。
 生まれたときからなに不自由なく暮らしてきた男は、己の命を脅かす存在のプレッシャーに勝てなかった。
 男は留宇を溺愛するあまり、留宇を閉じこめ、誰にも見せず、一人で世話をした。

 これ以上ここにいてはいけないと感じた留宇は、男の隙を突いて逃げ出した。
 男はすぐに留宇がいなくなったことに気づき、追っ手を出した。

 町はずれで留宇は捕まり、激怒した男に人相が変わるまで殴られた。
 男は留宇が従順だったからこそ、今まで愛していた。
 勝手に出ていくお前などバイラに食われてしまえと言い、男は留宇を電柱に縛りつけて帰ってしまった。

 留宇は冷たい外気にさらされ、震えながら、死を感じた。
 生きることにいい加減疲れたので、このまま死ぬのも悪くないと思った。

 そこに現れたのがウァラクだった。

 町はずれに放置されて二日目の夜、ウァラクはバイラに乗って満天の星空から降りてきた。
 初めて見るダラザレオスに留宇は恐怖心を抱かなかった。


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