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サビイロ契約

60

 ウァラクは冷たく言い放つと立ち上がった。
 留宇は地面に転がったまま、あまりのことに震えが止まらなかった。

「俺に指図するなっつったのにまだわかんねえのか……。もういい、お前も用済みだ」

 ウァラクは震える留宇に腕を伸ばした。

 だが、留宇に触れる直前でウァラクは動きを止めた。
 さっと左を向くと、ちょうどダガーがウァラクの顔めがけて飛んでくるところだった。
 ウァラクは顔すれすれでダガーの刃を指で挟んで受け止めた。

 次に珂月が走ってきて、へたりこんだ留宇の腕をつかむと無理やり立たせて連れ去った。

 ウァラクはダガーを背後に放り投げ、目を細めてばたばたと走っていく二人の後ろ姿を眺めた。

「離してよ!」

 留宇は珂月に引っぱられて走りながら叫んだが、珂月は走る速度を緩めようとはしなかった。

「離して! ウァラクを止めなきゃ! やめさせなきゃ!」
「お前の言うことなんか聞くわけないだろ!」

 珂月は前を向いたまま怒鳴った。

「だから言ったろ! お前はただのエサなんだって! あいつを止められるのはあいつと同じダラザレオスだけだ!」
「でも! ウァラクを放っておけないよ! ウァラクがここにいるのは僕がいたからだ! 僕の、僕のせいでこんなことになっちゃったんだっ……」
「今さらお前にできることなんてあるか!? 所詮おれたちは被捕食者なんだ。死にたくなかったら、とにかく逃げるんだよ!」
「逃げるって……どこへ? わかってるでしょ、僕に逃げられるところなんてないんだよ」

 珂月は答えなかった。
 黙って足だけを動かした。
 体力のない留宇は徐々に走るスピードが落ちてきたが、構わず先を急いだ。

 留宇は何度もつんのめりながらも、珂月に手を引かれるがままに走った。
 留宇の視界は涙で曇り、ほとんどなにも見えなかった。

「ウァラク……ウァラク……」

 留宇は小さな声で何度もウァラクの名を呼んだ。
 そしてまた涙を流した。





 二人は道路を突っ走り、シンク・ベルのビルに戻った。
 珂月と留宇でなければ、とうの昔にバイラに見つかって食われていただろう。
 しかし、ダラザレオスの匂いをつけている二人を襲おうとするバイラはいなかった。

 珂月は留宇の細腕を握りしめ、入り口には入らず地下駐車場へと続くスロープを下った。
 広い駐車場にはバイラの死骸を運ぶためのトラックが五台と、ハンターの移動用バスが二台、笠木が運転していたオープンカーや乗用車が数台並んでいる。
 珂月は懐からキーを取り出し、遠隔操作で一台の黒塗りの乗用車のロックを外した。

「どうして君がそんなもの……」
「説明はあとだ、早く乗って!」

 珂月は面食らっている留宇を無理やり助手席に押しこんでドアを閉めた。
 そのとき、ビル内に通じる通路からスーツの男が数人走ってきた。
 五十井の部下たちだ。

 男たちは珂月が車に乗ろうとしているのを見て駆け寄ってきた。

「おい! なに勝手なことしてる! 一人で逃げる気か!?」

 珂月は慌てて運転席に乗りこみ、キーを差してエンジンをかけた。
 男たちがすぐそばまで迫っている。
 珂月はギアを入れるやいなや、車を急発進させた。

「待て!」

 一人の男が拳銃を取り出し、車に向かって発砲した。
 弾は運転席の窓に当たったが、ガラスは割れなかった。

「やめろ、無駄だ」

 もう一人の男が発砲した男の腕を押さえた。
 男は舌打ちして拳銃を下ろし、安全装置をかけた。
 その隙に珂月は乱暴なハンドルさばきで出口をめざした。
 出口にはバーが降りていたが、構わず突っこんだ。
 バーが折れてフロントガラスにぶつかり、留宇が小さく悲鳴をあげた。

「平気だよ、これ防弾ガラスだから」

 珂月はちらりとルームミラーを覗き、アクセルを全開まで踏みこんだ。
 外に出たとたん、一体のバイラが真上を飛んで行ったが、襲ってくる気配はなかった。

 道路にはバイラの死骸や人間だったと思われるものがところどころに落ちていた。
 珂月は障害物を避け、片道三車線の広い道路を走らせた。

 留宇は涙の跡が残る顔で珂月の真剣な横顔を見つめた。
 珂月は視線に気がつくと、軽く肩をすくめてみせた。

「おれ、一応ボスの護衛係だから、非常時のためにって車のキーを一つもらってたんだ。もちろん五十井さんを逃がすためにしか使っちゃだめなんだけどさ」

 珂月は道路標識をちらりと見上げ、高速道路の入り口をチェックした。

「おれ十八だから免許持ってないけど、小さいころ親父が運転してるとこ見てたから大丈夫だよ。ほかに車いないし。ゲーセンのやつとあんまり変わらないね……。
とにかく先を目指さなきゃいけないところとかもゲームっぽくない? はは……」

 珂月は乾いた笑いを洩らした。
 留宇は黙っていた。


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