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サビイロ契約

59

 姉は腰に手を当てて怒りもあらわにハンターたちを睨みつけた。
 ちょうどそのとき狼型バイラが舞い降りてきて、背中から降りた弟が姉の隣に立った。
 ハンターたちの顔色がさらに悪くなる。

「さあ、どっからでもかかってくるといいわ」

 姉は美しい顔を醜く歪め、鋭い目をぎらつかせてハンターの集団に飛びこんでいった。
 ハンターたちは怯んで後ずさったが、腹をくくって斬りかかった。
 姉は四方八方から襲いくるナイフの腹を手の平で弾き、恐ろしいまでの動体視力で飛んでくるボウガンの矢を避けた。
 女とはいえ、ダラザレオスにそう簡単に傷をつけられるものではない。

 弟は戦う姉をぼんやり見ていたが、十人のハンターに一斉に襲いかかられて我に返った。

「おっと」

 目の前に刃渡りの長いナイフの切っ先が迫っていて、とっさにナイフを持つハンターの腕をつかんで止めた。
 すると今度は右後方から切りかかられ、ハンターの腕を離して頭を引っこめたが、それを予期していたかのように繰り出された蹴りを腹部に食らってしまった。

 弟は長い足でお返しとばかりにハンターを蹴り飛ばした。
 ハンターは仲間を一人巻き添えにして数メートル吹っ飛んだ。

 ハンターに囲まれて攻撃を避けているうちに、弟はだんだん疲れてきてしまった。
 蹴り飛ばしても殴り飛ばしても、立ち上がって向かってくるので埒が明かない。

「うおっ」

 小型ナイフを投げつけられ、とっさに避けたがシャツにかすって破れてしまった。
 ほんの少し気を抜いただけでこのざまだ。
 弟は自嘲気味に息を漏らした。

「ああ……危ないなあ」

 弟は足に力を入れ、ナイフを投げたハンターに突進した。
 瞬間移動と見まがうほどのスピードに人間がついてこられるはずもない。
 ハンターは弟の強烈なパンチを喉にくらい、地面に叩きつけられるとぴくりとも動かなくなった。
 妙な方向に首が曲がり、瞳孔の開いた目はかっと見開かれている。

「こういうのは苦手なんだよ」

 次に目をつけたのは、死んだ仲間を見て硬直しているハンターだった。
 弟は目標に飛びかかり、首筋に食らいついた。
 頸動脈を噛みちぎって噴出する温かい液体をごくごくと飲み下し、気が済むと獲物の体を投げ出した。
 ハンターは首から噴水のように血を流し、痙攣しながら息絶えた。

 口の周りに血をべっとりつけた弟の姿に、ハンターたちは恐れおののいた。
 彼は先ほどまでまともに反撃さえしてこなかったのに、あっという間に二人殺してしまった。

「ははっ、あははははは」

 弟は目に怯えがにじんだ人間たちをぐるりと見まわし、狂ったように笑いだした。

「なんだよ、怖いの? 早くおいでよ! あは、あははははは」


   ◆


 珂月は眼前に広がる景色が現実だと理解できなかった。
 シンク・ベルのビルの前に立ちつくし、珂月は茫然としていた。

 目の前の道路を当たり前のようにバイラが飛んでいく。
 交差点の端には血にまみれた肉塊が転がっており、長い手足を持った毛むくじゃらのバイラがやたらと長い舌を伸ばして血を舐めている。

 珂月は恐ろしくてそこから一歩も動けないでいた。
 時々珂月に気づいて立ち止まるバイラもいたが、すぐに興味を失って去っていく。

 放心状態の珂月の隣を、何かがつむじ風のように通り過ぎた。
 留宇だ。

 珂月はダッシュで走り去る留宇の背中をなにもせずに見送った。

 留宇は殺し合いのさなかを全速力で駆け抜けた。
 バイラもハンターも無視し、ただひたすらに走った。
 走りながら、何度もウァラクの名を呼んだ。

 ウァラクは駅前のロータリーのガードレールに一人で腰かけていた。

「ウァラクっ!!」

 留宇はウァラクに走り寄り、膝をついて視線を合わせウァラクの両腕をつかんだ。

「ウァラク! こんなことやめて!」

 留宇の両目からとめどなく涙があふれた。
 留宇は声を荒げてウァラクに懇願した。

「お願い、やめさせてよ! やくっ、約束したじゃないか! 僕をあげるかわりに大人しくしてるって! なのにどうして――」
「やかましい」

 ウァラクはすがりついてくる留宇を突き飛ばした。
 留宇は地面に尻もちをついたが、すぐに起き上がり、今度は簡単に振りほどかれないようウァラクの足にしっかりと両腕を絡ませた。

「お願いだっ! もうやめてよっ! お願い、なんでもするからっ」

 ウァラクは必死にすがりつく留宇を、虫けらでも見るような目で見下ろした。
 留宇の涙がズボンに染みると、嫌そうに顔を歪め留宇を蹴り飛ばした。

「俺はなにもしてないだろうが。止めたいならあいつらんとこ行ってこい。
なんで俺があいつら止めなきゃいけないんだ……っつーか、俺が人間の仲間になるわけないだろ」


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