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サビイロ契約

51

 ハンターたちは住人を区役所の中に誘導し、建物を囲むように陣形を組んだ。
 珂月もその中に加わろうとしたが、肩に回ったルザの腕が珂月を無理やり建物へ歩かせていく。

「おい、なにすんだよ!」
「なにって、避難だよ。外にいたら危ないだろ。幸い守ってくれる連中がいるみたいだし」
「はあっ?」

 珂月はシンク・ベルのナイフを握り、素っ頓狂な声をあげた。

「おれもハンターなんだけど! おれは守る側だっ」

 ルザは片眉をあげ、憐憫ともとれる笑みを浮かべた。

「そうか? でもなにかあったら大変だろ。お前は黙って守られてろよ」

 ルザは珂月を半ば引きずるようにして区役所の中に入った。
 いつも静かだったロビーは今や、てんやわんやの大騒ぎだった。
 住人たちが駆けずり回り、窓という窓のシャッターを下ろし、長机を立てかけて補強していく。
 逃げ道はないのかだとか、そんなんじゃだめだとか、怒号が飛び交う。

 人間たちの慌てふためく様子を、ルザはサングラスの奥から冷めた目つきで傍観していた。
 珂月はその隙にルザの拘束から逃れた。

「おれは戦える! 頼むから邪魔しないでくれよ!」
「危ないからだめだ」
「危ないって……あんたが言うか!? なんとかしないと、ここにいる全員危ないんだよ!」

 珂月は両腕を広げて必死に訴えた。
 いつになく強情な珂月が言いたいことを、ルザはしばらくしてから理解した。

「……言っとくけど、俺じゃねえぞ」

 襲撃してきたバイラはルザのものではない。
 そうだろうとは思っていたが、珂月はやや安堵した。
 そこまでするほどルザは飢えていないようだ。

 不穏な空気の流れる珂月とルザに近づく人があった。
 配給を任され、物資を住人に配る役目を担っている男だ。

「なあ、あんたハンターだろ。なんでこんなところにいるんだ。戦ってくれないのか?」

 男は珂月に向かって言った。
 今まで珂月と顔を合わせるたび、まだいたのかだの、早く田舎にひっこめだの、さんざん悪態をついてきたのに、態度が豹変している。
 命の危機にさらされてそれどころではなくなったようだ。

 珂月は一瞬怒鳴りつけてやりたい気持ちにかられたが、なんとか思いとどまった。

「皆外で戦ってるぞ? あんたも行ってくれよ。ここの人たちを守らないと」
「わかってるよ……戦うよ」
「あんたは? あんたもハンターなのか?」

 珂月の返事にほっとした男は、今度はルザに話しかけた。
 ルザは男を見ようともしなかった。

「なあ、聞いてる――」
「いや、この人は違うんだ。構わないで。おれが行くから、それでいいだろ。バリケードをもっと頼むよ」

 ルザが機嫌を損ねる前に、珂月が口を挟んだ。
 男は不審そうにルザを見ていたが、住人たちに呼ばれたので小走りに去っていった。

 靴ひもを固く締め直した珂月は、ルザと向き合った。

「おれは行くよ。ルザはどうするの」
「別にどうもしないけど」
「そう」

 珂月はルザの脇を通って入り口から外へ出た。
 ルザが助けてくれたなら、と少しでも期待した自分を恥じ、暗い空を睨みつける。

 バイラたちは、今にも襲いかかってきそうな距離に来ていた。
 このバイラの数に、この人数ではかなり不利だ。
 ただでさえ、たまたま居合わせただけの寄せ集めなのだ。
 いつも一緒に戦っている仲間がいないと戦力は大幅にダウンする。
 無線機で応援を頼んでいる人もいるが、それまで持たせられるかもわからない。

 珂月も尻ポケットに入れた無線機に手を伸ばしたが、自分はもうドッグズ・ノーズのメンバーではないことを思い出して諦めた。
 メンバーでもない者が、わざわざ危険な場所へ浩誠たちを呼びつけることはできない。
 珂月が頼めば浩誠はすぐに来てくれるだろうから、余計に伝えられなかった。

 バイラが奇声と共に襲いかかってきて、区役所支部は戦場となった。
 ハンターたちは一斉にかけ声をかけて気合を入れ、バイラに斬りかかっていく。
 区役所の中にいる人々を守らなければいけないという使命感が、彼らを奮い立たせた。

 どさりとにぶい音がして、ナイフで胸を突かれた巨大なコオロギの形をしたバイラが倒れた。
 節のある足をぴくぴくと不気味に痙攣させている。

 バイラの血が、アスファルトを汚していく。
 珂月とルザが腰かけていた花壇にも、紫がかったどす黒い液体がこびりついている。

 即席の二人組を作り、ハンターたちはバイラを地に引きずり下ろしていった。
 珂月も比較的若い茶髪のハンターのそばで、ナイフを振るった。
 頑丈そうな顎を持った爬虫類系のバイラは、太い尻尾と後ろ脚で立ち上がり、珂月と茶髪のハンターを威嚇している。
 二人はバイラを挟むようにして回りこみ、機会をうかがった。

 バイラは珂月を意識しているようだった。
 攻撃していいものか迷っているのかもしれない。
 珂月は茶髪のハンターと目配せし、バイラに斬りかかった。
 バイラは耳触りな声をあげて牙をむき出した。
 珂月は頭を低くして、柔らかそうな腹部を狙った。



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